『退職面談の空欄』

白群建設の退職面談で、葛城洸平は「協調性ゼロ」と書かれた評価表を眺めていた。

現場監督として事故なく工期を守ってきたが、今期だけ総合D。上司の古謝剛士は「同僚評価が空欄だったため、規程どおりゼロ点」と説明した。洸平は退職届を出し、人事の新庄珠希が受理手続きを進めていた。

「空欄をゼロにする規程はありません」

珠希が言うと、古謝は「システム仕様だ」と返した。

評価シートには、洸平を含む四人の同僚評価だけが空欄で、集計欄はゼロ。四人はいずれも休日の無償出勤を断った社員だった。珠希が数式を表示すると、本来は空欄を評価対象外として平均から除く設定になっている。しかし四人の行だけ、空欄をゼロへ変換する小さなマクロが埋め込まれていた。

「本社が配った様式だ」

版履歴では、古謝が評価締切の夜にマクロを追加している。ファイル名は〈残業拒否者用〉。更新時刻は二十三時十二分で、現場事務所の端末からだった。

古謝は「冗談の名前だ」と言った。

珠希がメールを開く。古謝は同日、工事部長へ〈四人を基準未満にした。契約更新と昇格から外せる〉と送信している。部長だけに送ったつもりが、自動入力で新庄の共有アドレスもCCに入っていた。さらに事務所の会議室予約は〈人員入替案作成〉、利用者は古謝一人だった。

四人は休日出勤を断る前、法定点検の省略を古謝へ報告していた。報告メールには安全部もCCされている。古謝は返信せず、同じ日のうちに四人の次期評価ファイルを自分の個人フォルダへ複製していた。退職へ追い込む準備は、査定締切より二か月早く始まっていた。

洸平は退職届を見た。「仕事を断ったんじゃない。記録に残らない休日出勤を断ったんです」

古謝は「協調性とは会社に合わせることだ」と言った。

珠希は退職届の受理処理を止め、四人の評価から不正なマクロを削除した。洸平の総合点はDからAへ戻る。主任昇格候補の除外も解除された。

続いて古謝の次長昇進決裁を取り消す。

「会社に合わせる前に、会社が規程に合わせます」

空欄だったのは同僚評価ではない。古謝の管理職適性だった。