八トンの氷

 汐樽水産の棚卸決裁に、冷凍倉庫の鞍馬口匠海が呼ばれた。

 高級マグロの期末在庫は四十トン、評価額五億六千万円。倉庫会社の重量証明書にも「40,000kg」とあり、監査人は数量を確認済みだという。

 匠海は棚卸当日、容器を一基ずつ大型秤へ載せた。霜を落とす音、鎖が張る音、数字が止まるたびに押した記録ボタン。三十二回とも総重量は千二百五十キロ前後だったが、出荷時には必ず容器と氷の重量を差し引く。それは入社初日に教わる決まりだった。

「魚は三十二トンです」

 匠海は言った。

 経理部長が証明書を掲げる。

「数字が見えないのか」

「四万キロは総重量です」

 冷凍マグロは三十二基の保冷容器に分けられていた。一基の総重量は千二百五十キロ。そのうち容器と保冷用の氷が二百五十キロ。正味重量は一基千キロ、合計三万二千キロである。

 経理部長の資料では、八トン分にもマグロと同じ一キロ一万四千円が付いていた。水道水から作った氷が、帳簿の中だけで高級魚の値段になっている。

「氷も商品価値を保つための資産だ」

「売買契約は正味重量で値段を決めます」

 匠海は重量証明書の右端を示した。〈GROSS 40,000kg/NET 32,000kg〉。決裁資料では右側が切られ、GROSSの文字も白く消されていた。

「スキャン範囲の問題だ」

 経理部長が言う。

「では、なぜ倉庫印の右半分まで切れているんですか」

 原本の角印はNET欄にまたがっていた。決裁資料に残った半月形の印影が、切り取られた列の存在を示している。

 社長は八トン分の評価額を計算させた。一億一千二百万円。これを外せば、利益は銀行との約束を下回る。

「氷はいずれ溶けるが、マグロは残る」

 社長が言った。

「逆です。氷を魚として残しているのが、この数字です」

 匠海は三十二枚の計量票を並べた。どれも正味千キロだった。

 監査人は決算承認書を閉じ、重量証明書の切れた右端に付箋を貼った。

「正味重量へ直すまで、棚卸資産の決裁を停止します」