きれいな数字
侑奈は、私がグラフを見せても拍手しなかった。
「元データをください」と言い、非表示の行まで数える。役員に伝わるのは結論なのに、細部へ執着する。私は画面を閉じ、「見せ方も分析の一部だよ」と教えた。
人材系スタートアップで、私は数字を物語に変える役目だった。女性管理職育成プログラムの成果を、離職率三割減、満足度九十二パーセントという形にした。侑奈は集計を手伝っただけで、経営陣に意味を説明できるのは私だった。
役員は細かな例外を嫌う。「結局、成功なのか失敗なのか」と聞かれたら、一秒で答えるのが私の仕事だ。侑奈のように傷を一つずつ数えていては、何も前へ進まない。
会議前、私は侑奈へ「暗い数字は別紙にして」と頼んだ。彼女は返事の代わりに、非表示行の件数をノートへ書いた。
取締役会当日、侑奈が私のダッシュボードを開いた。
「この分析は私が担当しました」
胸が熱くなった。色も配置も結論も、全部私が整えたのに。
「集計条件を決めたのは私」
「その条件を説明してください」
「参加者のうち、回答が揃った人を対象にした」
「途中退職者は?」
「比較できないから除外」
「ハラスメント相談をした十二人は?」
「自由記述で、数値評価には向かない」
侑奈は非表示行を戻した。退職した九人、休職した三人、上司から回答を見られると訴えた十二人。すべて「分類外」にされていた。含めれば、満足度は五十一パーセントだった。
私は経営判断のためにノイズを除いたと話した。悪い数字をそのまま出せば、プログラム自体が廃止され、女性社員の機会が減る。長期的には守るための編集だ。
「では、なぜ相談者の氏名を上司へ渡したんですか」
侑奈がメールを出した。私は回答率を上げるため、未回答者と低評価者の一覧を各部長へ送っていた。
取締役は発表を中止し、外部監査を入れると言った。侑奈が手柄を奪ったのは、壇上で生のデータを開く権限を得るためだった。
再表示された最後の行には、私の指示で「分類外」と入力した時刻まで残っていた。