ひとつ先のバス停
放課後、突然の雨でバス停の屋根は人であふれた。
同じクラスの彼女が傘を開き、「ひとつ先まで歩こう」と言った。ここでは乗れないほど混んでいたから、深く考えずに入れてもらった。
傘は小さかった。彼女の右肩と私の左肩が濡れ、制服の布が腕に貼りついた。
「冷たい」
「そっち、もっと寄って」
「近い」
「濡れるよりいいでしょ」
雨の匂いに、彼女のシャンプーが混ざった。教室では前後の席なのに、こんな距離で歩いたことはない。
ひとつ先のバス停が見えてきたとき、彼女は通り過ぎた。
「ここじゃないの?」
「次」
「混んでないよ」
「次のほうが座れる」
二つ目も通り過ぎた。
「どこまで行くの」
「もう少し」
住宅街へ入ると、学校帰りの生徒はいなくなった。傘を叩く音だけが続いた。
彼女は来月、転校する。
朝のホームルームで担任が発表したとき、教室は驚きの声でいっぱいになった。私は何も言えなかった。昼休みに話しかけようとして、友達に囲まれているのを見てやめた。
「みんな、寄せ書きとか送別会とか言ってる」
彼女が言った。
「うん」
「嬉しいけど、最後の一週間が全部『最後』になるの、少し疲れる」
「じゃあ今は?」
「ただの雨宿り」
三つ目の停留所で、ちょうどバスが来た。
扉が開いたのに、彼女は乗らなかった。
「座れるよ」
「知ってる」
「帰らないの?」
「反対側のバスに乗るから」
道路の向かいに、逆方向の停留所があった。彼女の家は、最初のバス停から反対方向だった。
「どうしてここまで」
「君と普通に話したかったから」
傘の端から雨が一筋、彼女の頬へ落ちた。涙には見えなかった。
私は鞄から定期券を出し、来たバスを見送った。
「次は?」
「二十分後」
「じゃあ、向こうまで送る」
「遠回りだよ」
「ただの雨宿りでしょ」
横断歩道を渡り、今度は私が傘を持った。
別れの話はしなかった。宿題と、給食のない高校で毎日何を食べるかと、担任の寝癖の話をした。
あの日、私たちは家から遠ざかる方向へ歩いた。
だからこそ、転校までの残り時間だけは、少し長くなった気がした。