ひとり分あいた布団
初鹿野は、旅館へ着いて一時間で熱を出した。
保護者が迎えに来て、夕食前には帰ってしまった。四人部屋には、きれいに敷かれた布団だけが残った。
夕食では、初鹿野が楽しみにしていた鍋の写真を撮った。風呂場では、いつも彼女が先に確保する隅の洗い場が空いた。三人で歩くたび、班の列が歯の抜けた櫛のように見えた。いない人は静かなはずなのに、初鹿野の不在だけが一日中うるさかった。誰かが笑うたび、そこへ重なるはずの声を探した。
「片づけてもらう?」
誰かが言ったが、私たちはそのままにした。初鹿野の枕の上へ、今日買った土産や、班別行動で余ったパンフレットを置いた。空の布団は、荷物置き場のようになった。
消灯後、三人で恋バナを始めた。
一人が告白された話をし、一人が片思いを隠していると話した。私の番になったが、好きな人はいなかった。代わりに、空いた布団を見た。
「初鹿野、誰が好きなんだろう」
本人がいないから言える話だった。
予想はばらばらだった。隣のクラスの委員長、バスケ部の先輩、売店のお兄さん。笑っているうちに、枕元の携帯が震えた。
初鹿野からの着信だった。
三人で布団の周りへ集まり、通話をスピーカーにした。画面の向こうの初鹿野は、家の布団で冷却シートを貼っていた。
「私抜きで恋バナしてるでしょ」
最初の一言でばれた。
私たちが候補を読み上げると、初鹿野は全部違うと言った。では誰かと迫ると、しばらく黙ってから答えた。
「今は、三人が好き。そこにいたかった」
笑うところではなかったのに、一人が泣きながら笑い、全員そうなった。
見回りの先生が来て、通話は切らされた。事情を知ると怒らず、「五分だけ延長」と携帯を返してくれた。
私たちは空いた布団へ三人で寝転び、画面の初鹿野と天井を見た。
翌朝、その布団は片づけられていた。畳の上には四角い跡だけが残っていた。
集合写真を撮るとき、私たちは三人の間をひとり分あけた。
帰ってきた初鹿野は写真を見て、「空けすぎ」と笑った。