ひび割れ鍋の逃がし口
錬金術師ジオは、黒い大鍋を背負ってきた。
鍋底には星形のひびが走り、薬液を入れるたび漏れる。師匠から譲られた唯一の錬金釜だが、試験官には「道具の管理もできない半人前」と失格を告げられた。明朝の追試で回復薬を作れなければ、工房を出される。ジオは漏れた薬を布で受けながら三度も作り直し、指先を緑色に染めていた。新品の釜なら借りられるが、師匠の鍋で成功できなければ継承を認めない、と試験官は言う。黒い鍋には百年分の焦げ跡があり、抱えると薬草と煙の匂いがした。
修理師ヘルミナは、ひびへ光粉を振った。五本の割れ目すべてが、外側ではなく中心から同じ角度で伸びている。
「落とした傷ではありません。この鍋、自分で割れました」
古い錬金釜には、爆発寸前に圧力を逃がす安全紋がある。星形のひびは、その紋が働いた跡だった。完全に塞げば、次は鍋ごと吹き飛ぶ。
ヘルミナは四本だけを銀蝋で継ぎ、最後の一本へ細い竜骨管を通した。余分な蒸気だけを外へ逃がす口だ。傷を消すのではなく、役目を与える修理だった。
「試してみます?」
ジオは持参した薬草を一束だけ入れ、水を注ぐ。鍋が沸くにつれ、竜骨管から白い蒸気が細く伸びた。液は一滴も漏れない。以前なら濁ったところで、透明な緑へ変わる。苦い焦げ臭さの代わりに、若草を潰したような香りが店へ満ちた。竜骨管の先で余分な蒸気が水滴となり、受け皿へ規則正しく落ちる。
完成した回復薬を一口飲むと、運搬で擦りむいた彼の手から傷が消えた。
「配合は同じなのに」
「今までは圧力が高すぎて、薬草を焦がしていたんです。鍋は割れて、あなたを守った」
ジオは鍋の星形を撫で、失格通知を丸めた。
代金を置いた後、さらに銀貨を二枚足す。
「追試に受かったら、この逃がし口を磨きに来る。毎月」
「汚れる前に来てください」
大鍋を背負った彼が走り去る。竜骨管が笛のように明るく鳴った。
その音に答えるように、入口のベルが鳴り、薬草の匂いをまとった次の客が立った。