ひまわり列車は止まらない

弓削仁菜が車内オルガンを鳴らすと、窓の外にひまわり畑が流れ始めた。

廃線になる観光列車の最終運行。明るい旅歌を、事故区間へ入る直前に一度だけ演奏する。十二年前、この列車は土砂崩れで脱線し、先頭車両の乗客と車掌だった仁菜の父が死亡した。

会社は、父が持ち場を離れ、非常停止が遅れたと発表した。遺族へ届いた乗務記録にも、先頭から後方へ移動する父の足跡が残っていた。会社はそれを職務放棄の証拠として赤く囲んだ。父の車掌笛だけは、遺品の中に見つからなかった。仁菜は会社が処分したと信じていた。

イントロのチャイムが鳴る。

「次で降りよう」

Aメロで床下から、レール継ぎ目とは違う三連音が返る。父が使っていた車掌笛の合図だ。短く二回、長く一回。乗客を後方へ移せ、という非常符号。

仁菜が演奏を続けると、窓の観光映像に当日の車内カメラが重なった。父は持ち場を捨てたのではない。各車両を走り、先頭の乗客へ後ろへ移るよう伝えていた。

サビで乗客が笑顔で手を振る。

「次で降りよう」

しかし次の駅は事故区間の先にある。父が何度も指したのは駅名ではなく、車両番号だった。「次の車両へ降りろ」という意味で、床の連結部を開けて避難させていた。

会社は観光ダイヤを守るため、山から届いた停止要請を運転士へ転送しなかった。父だけが保線員の私用無線を受信し、乗客を移し始めた。脱線時、後方車両はトンネル手前で残り、先頭だけが崖へ落ちた。

最後の一音で列車が事故地点へ差しかかる。仁菜は非常ブレーキを引いた。予定外の停車にざわめきが起きる。窓の下、父の笛が見つかった場所へ、小さなひまわりが一本咲いていた。

車内放送に父の声が流れる。

〈後ろは助かる。俺は先頭へ戻る〉

彼は運転士を一人にせず、最後まで前へ戻ったのだ。

仁菜は扉を開け、乗客を線路脇の安全帯へ導いた。

「次で降りよう」

気ままな途中下車を誘う歌詞ではない。死を知った車掌が、一人でも多く次の車両へ逃がすため繰り返した避難命令だった。