みんなで、を抜けたあと

カラオケ店の閉店まで、あと十五分だった。

雨谷伊麻は、空になった大部屋で忘れ物を集めていた。誕生日会の参加者は先に帰り、残っているのは野崎瑛斗だけだった。彼は来月、別の県へ転勤する。

「今度、引っ越す前にご飯行かない?」

「みんなで?」

「二人で」

伊麻はテーブルのリモコンを充電器へ戻した。瑛斗と知り合って二年、食事も映画も旅行も、必ず誰かを誘った。二人だけになりそうなら、直前でも共通の友人へ声を掛けた。瑛斗が隣に座ると嬉しいのに、帰り道で二人になる前には必ず誰かの腕をつかんだ。

「二人だと、何か困る?」

「別に。みんなでのほうが楽しいし」

本当は、二人きりの誘いには答えが必要になるからだった。デートなのか、友達なのか。楽しかったあと、また会いたいと言っていいのか。曖昧な集団の中なら、瑛斗の隣に座っても拒まれない。好きだと知られない代わりに、嫌いだとも言われない。曖昧さは恋を進めない代わりに、失恋も確定させない安全な部屋だった。ただ、その部屋には窓がなかった。

店員が延長できないことを告げる。最寄り駅の終電まで、あと二十二分。逃げるように帰れば、関係は安全なまま終わる。

瑛斗はマイクをケースへ戻した。

「俺、伊麻に断られるのが怖くて、いつも誰かを誘ってた」

「え」

「でも転勤したら、グループの予定を理由にできないから」

同じ逃げ方をしていたと知り、伊麻は笑いそうになった。安心ではなく、惜しさが込み上げる。二人とも扉の前まで来ながら、相手が開けるのを待っていたのだ。

「今日の返事、急がなくていい」

瑛斗が先に部屋を出る。伊麻はスマートフォンを開き、いつものグループチャットで〈送別会しよう〉と打った。参加者を集めれば、また曖昧なまま会える。

入力した文を全部消す。

瑛斗との個別画面を開き、来週金曜の店を一軒送った。

「みんなでじゃなくて、二人で」

送信すると、廊下の先で瑛斗の端末が鳴った。伊麻は終電へ急がず、彼と並んで閉店後の階段を下りた。