むかごを一粒ずつ

御影陸斗の受信箱には、大学院の恩師からのメールが七通たまっていた。

三年前、修士論文を書き上げられず休学し、そのまま期限が切れた。今は映像編集の仕事をしている。生活はできているのに、「途中で逃げた」という感覚だけが、未保存のデータのように残っていた。

最新のメールには、こうあった。

〈研究を戻す必要はありません。何が分からなかったか、一ページだけ書いてみませんか〉

一ページなら書ける。そう思ってから、半年が過ぎた。

十一月の夜、陸斗は小さな居酒屋へ入った。季節札の「むかごの塩炒り」を見て頼む。客は彼だけだった。

鉄の小鍋を店主が揺すると、小さな粒がころころ転がり、乾いた音を立てた。薄皮が焦げる土っぽい香りに、粗塩の熱い匂いが混じる。皿に移されたむかごから、細い湯気が上がった。

箸ではつかみにくく、陸斗は指で一粒つまんだ。皮は少し固く、中は粉を含んだようにほくほくしている。

「小さいですね」

「でも、一粒ずつなら食べられます」

店主は次の粒を指さしただけだった。

陸斗はスマートフォンで恩師のメールへ返信した。挨拶を丁寧に書こうとして止まり、全部消す。

〈返信が遅れてすみません。論文を完成させる約束はできません。ただ、分からなかったことを一ページ書きます。明日の夜までに送ります〉

送信後、ノートアプリを開き、題名をつけた。

「なぜ、観察者の判断を数値にできなかったか」

その下に一文だけ打つ。次の文は出てこなかった。学位が戻るわけでも、三年の空白が埋まるわけでもない。恩師から断られる可能性さえある。

一ページの期限を自分で書いた以上、逃げ道は狭くなった。陸斗は帰宅後に開く資料を三つだけ選び、残りの古いフォルダを閉じた。全部を読み直すところから始めないためだった。

陸斗はむかごをもう一粒つまんだ。今度は塩が多くつき、舌が少し痛んだ。粒は不揃いで、皿にはまだ十数個ある。彼は一文目を消さず、熱い一粒を口に入れてから、二文目の最初の文字を打った。