もう一度、湯気が立つまで

垣内菜摘は、母の冷凍庫から、日付のない保存容器を見つけた。

中身は蕪のポタージュだった。

料理人になって初めて母へ作ったスープ。店の開店前夜、試食してもらうため実家へ持ってきた。蕪を弱火で煮ると、母が冬ごと作った味噌汁と同じ匂いがした。似ていると思われるのが悔しくて、白胡椒を多く振った。

母は一口飲み、「こんな薄いもので、お金を取るの」と言った。

菜摘は鍋を奪い、「もう二度と食べてもらわない」と帰った。その後、店は軌道に乗ったが、母を招かなかった。母も来なかった。

葬儀を終えた夜、菜摘は凍ったスープを小鍋へ移した。

火にかけると、台所が十二年前へ戻った。

若い菜摘がエプロン姿で立ち、母が食卓に座っている。鍋から湯気が出ているあいだだけ、この夜をやり直せる。

「こんな薄いもので、お金を取るの」

母が同じことを言った。

胸が熱くなる。十二年かけても、傷ついた場所は正確だった。

菜摘は鍋を取り上げず、椅子に座った。

「薄い?」

「味じゃない」

「じゃあ何」

母はスプーンを置いた。

「顔。三日寝てない顔で店を開けて、客からお金を取るのかって言ったの」

菜摘は黙った。

当時、開店準備で眠らず、指を切っても絆創膏を巻いて働いた。心配されると、才能を疑われたように感じた。

「言い方が悪い」

「親子だから通じると思った」

「通じないよ」

「そうみたいね」

湯気が細くなっていく。

母はもう一口飲んだ。

「味は好き。蕪がちゃんと甘い」

菜摘の目から涙が落ちた。

「店に来て」

「招待してくれるなら」

「毎週来て」

「それは多い」

二人で笑うと、最後の湯気が消えた。

現在の台所へ戻る。小鍋には一人分のスープが残っていた。

翌日、菜摘は店の予約台帳を開いた。過去十二年、毎月第一火曜日の欄に、母の名前がある。どの日にも小さく《蕪のポタージュ》と書かれていた。

菜摘には、その記憶がなかった。

けれどページをめくる指は、母が座っていた窓際の席を知っていた。

その夜、菜摘は店の黒板に新しいメニューを書いた。

《蕪のポタージュ――親子でも、言葉は省かずに》