もち巾着の結び目
篠宮絢音は、おでん鍋からもち巾着を一つ取り、干瓢の結び目を箸でほどいた。
友人たちは冬の旅行計画を立てている。雪の温泉、地酒の飲み比べ、夜行バス。絢音も先月までは、行きたい宿のリンクを送っていた。
今、妊娠検査薬の陽性を知っているのは絢音だけだ。
恋人には今夜話すつもりだった。けれど旅行の話をする友人たちへ先に伝えるのも、黙って断るのも怖かった。まだ病院へ行っていない。喜んでいいのかさえ分からない。
旅行の予約金は来週が期限で、仕事では春の新しい担当が決まりかけている。陽性の窓を見た瞬間、それらを喜んでいた昨日の自分まで無責任に思えた。誰かに祝われたあとで違っていたら、と考えるのも怖かった。
鍋の蓋が開くと、出汁の香りが静かに広がった。巾着を噛むと、油揚げの中から餅が長く伸びた。取り皿を両手で包むと、温かさが掌へ移った。
友人が絢音の前へ地酒の小瓶を置いた。絢音は手を伸ばさず、ほどいた干瓢を皿の縁へ輪のまま残した。
「今日は飲まない」
体調が悪いと言えば済む。けれど友人の一人が酒瓶を引き、代わりに温かい茶を置いた。理由を聞かず、旅行の一覧から飲み比べの店へ薄い線を引いた。消すのではなく、あとで戻せる鉛筆の線だった。
その線を見て、絢音は餅を全部飲み込まず、一口分を巾着へ戻した。元の形には戻らず、白い餅が口から少しのぞいた。
鞄から、買ったままの検査薬の箱を出した。結果の窓は見えないよう、裏返して置く。
「まだ、誰にも言ってない」
友人たちは歓声を上げなかった。一人が旅行の予約期限を一か月先へ書き換え、もう一人が茶の蓋を閉めた。喜ぶことも心配することも、絢音が決めるまで待つ動作だった。
絢音は干瓢の輪を結び直さなかった。ほどけたまま、もち巾着の残りを保存容器へ入れた。
帰宅してから恋人へ話す。そのあと病院を予約する。旅行へ行くかどうかは、さらにそのあとでいい。
結び目がなくても、中身はこぼれなかった。友人たちとの約束も、形を変えながら皿の上に残っていた。