カラス文具店の青い便箋

 城野初瀬は、半年返していない手紙を鞄に入れていた。

 遠くへ引っ越した友人から届いたもので、近況と、昔の喧嘩を今なら笑えるという一文が書かれている。嬉しかった。だからこそ、きちんとした返事を書こうとして、何も書けなくなった。

 雨宿りに入った「墨枝文具店」は、カラスが店主だった。

 墨枝は黒い前掛けをつけ、人間の店員が紙を切る横で、万年筆の試し書きを見ている。

「長い返事に向く便箋をください」

 初瀬が言うと、墨枝は鞄の口から覗く古い封筒を見た。

「何か月分?」

「半年」

「紙より、最初の一行が重そうだ」

 墨枝が選んだのは、淡い青の小さな便箋だった。十行しかない。

「短すぎます」

「鳥は軽い方が飛ぶ」

「手紙は飛びません」

「郵便屋が飛ばします」

 人間の店員が「自転車です」と訂正した。

 店の奥に試筆机がある。初瀬は青い紙を前にし、ペンを持った。

〈返事が遅くなってごめん〉

 それだけで一行目が終わる。

 次に近況を書こうとして、また止まった。

「全部説明しないと、誠意がない気がして」

 墨枝は棚から小さなインク瓶を嘴で押した。

「人間は、言葉を増やすと本心が薄まることがある」

「では、何を書けば?」

「今、会ったら何と言う」

 初瀬は考えた。

〈また一緒に喫茶店へ行きたい〉

 書くと、残りは六行だった。

〈あの店のプリン、まだあるかな〉

〈こちらは元気です〉

〈あなたの手紙、何度も読みました〉

 最後に名前を書いても、紙は一行余った。

「余白があります」

「そこへ相手が返事を置く」

 墨枝は翼を畳んだ。

 雨が弱くなるまで、店員が薄い珈琲を出してくれた。古い木の机に、紙とインク、濡れた羽の匂いが混じる。

 初瀬はその場で封をし、店先の郵便受けへ入れた。

 三日後、友人から写真が届いた。

 例の喫茶店のプリンと、空いた向かいの席。

〈まだある。帰ってきたら行こう〉

 長い返事ではなかった。けれど初瀬の胸には十分届いた。

 次の雨の日、墨枝文具店へ青い便箋を買い足しに行った。

「今度は何か月分?」

「まだ三日分です」

「上達した」

 墨枝が満足そうに嘴を鳴らす。

 袋から新しい紙の乾いた香りが立ち、初瀬は帰宅したら一行目に〈今日は雨です〉と書こうと思った。