タオルを返さない理由
最後の大会のあと、彼女は冷たいタオルを返さなかった。
陸上部の四百メートル決勝。自己ベストを出したが、表彰台には届かなかった。ゴール後、マネージャーの僕が首へかけた白いタオルを、彼女は帰りのバスでも握っていた。
「部の備品」
「洗って返す」
「こっちで洗う」
「自分で洗う」
妙に頑固だった。
学校へ戻ると、夕暮れのグラウンドに誰もいなかった。彼女はスパイクを脱ぎ、裸足でトラックを一周した。私は少し離れてついていった。
「最後なのに、四位」
「自己ベスト」
「でも四位」
「速かった」
「マネージャーは何でも肯定する」
彼女は立ち止まった。
「本当は悔しいって言えば」
「言ったら困るでしょ」
「困らない」
「じゃあ、好きだった」
風が止まった気がした。
「走るのが?」
逃げ道を作るように聞くと、彼女はタオルを僕へ投げた。
「そういうところ」
受け取った布は、もうぬるかった。端に彼女の汗と、化粧をしていない目元の跡が少しついていた。
「いつから」
「冷たいタオルを毎回いちばんにくれたころ」
「全員に配ってる」
「私のだけ、いつも一回余計に絞ってた」
気づかれていた。
彼女は暑さに弱く、首筋が冷えすぎると頭痛がすると言っていた。だから水分を少なくした。特別扱いではなく、マネージャーの仕事だと思っていた。思おうとしていた。
「タオル、返して」
「さっき返した」
「違う。卒業まで貸して」
「部の備品」
「マネージャー権限で」
私は笑った。
結局、タオルは彼女が持ち帰った。卒業式の日、きれいに洗われ、四つ折りで返ってきた。
内側に小さな刺繍があった。
『四位、自己ベスト、告白一位』
「順位つけるんだ」
「最後だけ勝ちたかったから」
私はタオルを返さなかった。
夕暮れのグラウンドで始まった貸し借りは、卒業しても清算されないままになった。
大学へ進んだ春、彼女の初戦を見に行った。ゴール後、今度は自分で用意したタオルを首へかけていた。私を見つけると、その端を持ち上げて笑った。貸し借りの続きは、まだ終わっていなかった。