チェーンの跡

貴文の車が雪道で動けなくなったのは、母の再婚した家まであと二キロの場所だった。

年末の挨拶だけしてホテルへ戻る予定だった。母と雄策が暮らす家に泊まるのは、どうしても落ち着かない。ところが坂の途中でタイヤが空転し、車体が横へ滑った。

電話から二十分後、雄策が古い四輪駆動車で来た。

「チェーンは」

「積んでる」

「付けたことは」

「動画で見た」

「見ただけか」

二人は雪の中に膝をついた。貴文が金具を内側へ回し、雄策がタイヤを少し動かす。手袋はすぐ濡れ、指がかじかんだ。一本目は裏表を間違え、最初からやり直した。

母が再婚して四年。雄策は農機具の修理工場をしている。何でも直せる男だと母は言うが、貴文には父の居場所まで修理されるようで気に入らなかった。

「ホテル取ってるんだってな」

雄策がチェーンを締めながら言った。

「その方が気楽なんで」

「そうか」

引き止めもしない返事が、妙に冷たく聞こえた。

二本目を付け終え、雄策は貴文の手袋を絞った。自分の乾いた予備を差し出し、濡れた方を工具箱の暖房口へ置く。礼を待たず、二人で試走した。タイヤは雪を噛み、鎖の音が車体へ伝わった。

「少し走ったら増し締め」

雄策はレンチを助手席に置いた。

「これは?」

「持ってろ。帰りも降る」

家へ着くと、母が玄関で怒っていた。なぜもっと早く連絡しないのか、なぜ冬タイヤだけで来たのか。貴文は子どものように叱られ、雄策は横で雪を払っていた。

ホテルへ向かう時刻になっても、雪は強まるばかりだった。貴文が予約画面を開くと、雄策は車庫の壁からリモコンを一つ外した。

「明日の朝、車を出すなら使え。俺らを起こすな」

「泊まるって言ってない」

「チェーン、もう一回締める。暗いところじゃ危ない」

車庫の床には、貴文のタイヤから落ちた雪が四つの黒い跡を作っていた。雄策はそれをすぐ拭かず、貴文の車の隣を空けた。

貴文はホテルをキャンセルした。理由欄には「交通事情」とだけ入力した。

客間へ向かう前、助手席のレンチを家の工具箱に戻した。次に必要になる場所は、ここでいいと思った。