ピンクの付箋を剥がす

栞奈の机の前には、資格試験までの日数を書いた付箋が並んでいた。

「あと九十日」「あと六十日」「模試八割」。その中に一枚だけ、人には見せられない付箋がある。

〈美緒より先に合格する〉

友人が同じ資格の勉強を始めたと聞いた日に貼った。二人で励まし合うつもりだったのに、美緒の進み具合を聞くたび、栞奈は予定を増やした。美緒が三章まで読めば四章へ進み、模試で七割なら八割を取るまで眠らない。教科書の内容より、相手の現在地ばかり覚えていた。

勉強を始めた頃、二人は分からない用語を送り合い、昼休みに十分だけ問題を出し合った。美緒が正解すると、自分まで一歩進んだように嬉しかった。いつから変わったのか、栞奈には分からない。共有した参考書が順位表になり、質問することは弱点を渡すことになった。最近は、美緒から勉強法を聞かれても曖昧に答えていた。合格より先に、友人との時間を競争へ変えてしまったことが苦しかった。

模試の日、栞奈は六十八点だった。美緒から〈七十五点だった、ぎりぎり〉とメッセージが届く。栞奈は「すごい」と返し、机の付箋に赤い線を引いた。あと三時間勉強しなければ追いつけない。

参考書を開いても、文字が滑った。ページの隅には、美緒の点数と自分の点数を引いた「七」が何度も書かれている。

栞奈は壁のピンクの付箋を見た。合格したい理由は、仕事の幅を広げたかったからだ。美緒より先である必要は、最初からなかった。

付箋を剥がす。糊が少し残り、四角い跡になった。

捨てようとして、栞奈は裏返した。白い面に「今日は解説を二ページ読む」と書き直し、机へ置く。三時間でも、満点でもない。二ページ読んだら風呂に入る。

美緒への返信欄を開き、点数を隠さず「私は六十八点だった」と送った。励ましてほしいとは書かない。すぐに返事は来なかった。

栞奈は解説を二ページ読み、付箋に小さな丸をつけた。壁の四角い跡は残っている。それでも、次に机へ向かうとき見る数字は、誰かとの差ではなく、自分で決めた二ページだけになった。