フェンスに結んだ赤い糸
屋上のフェンスに赤い糸を結ぶと、好きな人と卒業まで一緒にいられる。
誰が始めたのか分からない噂のせいで、フェンスの隅には短い糸が何本も揺れていた。先生が見つけるたび切るのに、翌日にはまた増える。
放課後、僕はその糸を外していた。美化委員だからだ。
「夢がない」
背後で彼女が言った。手には赤い毛糸の束。
「また結ぶ気?」
「調査」
「何の」
「本当に叶うか」
彼女は僕の隣にしゃがみ、一本をフェンスへ結んだ。
「相手いるの」
「いるように見える?」
「見えない」
「失礼」
僕らは幼いころから一緒で、互いの恋愛事情もだいたい知っていた。彼女が去年、先輩に振られたことも。僕が誰にも告白できずにいることも。
「名前を書かないと効果ないんじゃない」
「噂にそんな規則ないよ」
「相手が分からないだろ」
「屋上には分かる」
彼女は残った毛糸を僕へ差し出した。
「ほら」
僕は断った。好きな人の名前を心の中で思うだけでも、彼女の前では落ち着かなかったからだ。
「もしかして、いる?」
「いない」
「嘘」
追及され、僕は仕方なく一本受け取った。彼女の糸から少し離して結ぶ。
「遠い」
「何が」
「私のと」
「関係ないだろ」
彼女は僕の糸をほどき、自分の糸の隣へ結び直した。風に吹かれると、二本は絡んだり離れたりした。
「これで卒業まで友達」
「恋の噂じゃなかった?」
「好きな人って、恋愛だけ?」
その言葉に安心して、少しだけ残念になった。自分でも面倒だと思う。
翌朝、フェンスの糸は全部なくなっていた。生活指導の先生が切ったらしい。
彼女は窓から屋上を見て、「実験失敗」と言った。
「卒業まで一緒は無理かも」
冗談だと分かっていたのに、僕は机の中から短い赤い糸を出した。昨日、切れ端を一本だけ持ち帰っていた。
「片方は僕が持つ」
彼女は目を丸くした。
「もう片方は?」
僕は糸を半分に切り、彼女へ渡した。
「フェンスに頼らなくても、これなら先生に切られない」
言ってから、告白より恥ずかしいことを言った気がした。
彼女は糸を指に巻き、しばらく黙っていた。
「相手、私だったりする?」
風もない教室で、僕の心臓だけが揺れた。
「調査中」
「ずるい」
彼女は笑い、赤い糸を筆箱へしまった。
卒業式の日、校門前の人混みで僕らは離れそうになった。彼女は僕の袖をつかみ、あの日の糸を見せた。
「実験結果、出たよ」
卒業までは、一緒にいられた。
その先のことは、フェンスではなく僕らが決める番だった。