ポップコーンは二度鳴る
三田村悠真が営む小さな映画館には、フェレットのナッツがいる。
上映中は事務室で眠り、最後の客が帰ると細長い体で廊下を走る。昔の恋人、咲良が拾ってきた動物だった。
咲良は売店で、焦がし醤油のポップコーンを作った。二人が別れた夜、悠真は映写機の故障から離れられず、話し合いに遅れた。「あなたは映画の最後までしか見ない」と言われた言葉を、責める響きのまま覚えていた。
開館十五年の記念上映で、悠真は久しぶりにあの味を出そうと思った。
鍋で豆を弾かせ、バターと醤油を入れる。ところが醤油が鍋底で焦げ、苦い煙が出た。
売店の引き出しを探すと、咲良のメモが見つかった。
〈豆が二度静かになってから蓋を開ける。醤油は火を止めてから。悠真は焦ると全部同時に入れる〉
最後に、〈映画は終わっても、明るくなるまで席にいて〉と書かれていた。
悠真は新しい豆を鍋へ入れた。
ぽん、ぽぽん、と音が重なり、やがて一度静かになる。遅れて二、三粒が弾け、もう一度静かになった。そこで火を止め、溶かしバターと醤油を回しかける。
香ばしい匂いが立ち、ナッツが事務室から鼻を出した。
「君の分はない」
悠真は紙カップを一つ、空いている隣席へ置いた。
記念上映の最後、客が帰っても悠真は照明をすぐにつけなかった。エンドロールが終わり、スクリーンが白くなってから、ポップコーンを口へ運ぶ。
醤油は苦くなく、バターの甘さのあとに香った。
咲良は映画を嫌っていたのではない。映画の外へ戻ってきてほしかったのだ。今さら関係を戻せはしないが、言葉の続きを理解することはできた。
足元でナッツが丸まり、大きな欠伸をした。館内には焦がし醤油の匂いと、映写機の残り熱が漂っていた。
悠真は白いスクリーンを見ながら、初めて最後まで、急がず一粒ずつ噛んだ。
上映後、常連の老夫婦が「昔より醤油がやさしい」と笑った。悠真は咲良の味です、と説明しかけてやめた。誰の味から始まったかを忘れないことと、いつまでも借り物のままにすることは違う。次の上映では、山椒をほんの少し試すつもりだった。