モブの右手
城門を守る兵士が、槍を自分の胸へ突き刺していた。
痛がりもしない。会話中、笑顔のまま槍が鎧を貫き、先端だけ背中から出ている。発売候補版の撮影まで、残り七時間だった。
キャラクター担当の星合蕗は、兵士のデータを開いた。槍は右手用に作られ、モーションも右手で構える。ところが問題の兵士だけ、盾役と並べるため左右を反転して配置されていた。
「槍を左手へ移せば済みます」
美術担当がボーンの指定を変えた。槍は胸から抜けたが、今度は穂先が地面を向き、会話のたび隣の兵士の足を貫いた。
左右反転は見た目だけで、手首の曲がる方向までは入れ替わっていない。左手用のモーションを新しく作る時間はない。
蕗は同じ兵士が戦闘に参加するか確認した。城門では会話だけだが、襲撃イベントでは槍を振る。会話だけ小細工をすると、戦闘開始の瞬間に武器が跳ねる。
「左右を直すより、この人を反転しない場所へ移します」
配置を入れ替えると、兵士は槍を正しく持った。しかし今度は盾役が門の開閉装置を塞いだ。蕗は二人を半歩ずつ外へずらし、門を開け、閉め、会話中に主人公が間へ割り込むところまで試した。
まだ終わらない。兵士の差分には、夜だけ兜を外す設定がある。兜を外すと髪が槍の柄へ入り込んだ。蕗は髪を切らず、夜の立ち位置だけ風上へ少し向けた。髪が反対へ流れ、顔も月明かりを受けた。
蕗は視点を兵士の背後へ回し、槍と腕の間に不自然な隙間がないかも見た。正面だけ整えても、自由に歩けるゲームでは背中側がすぐ撮られる。夜の雨でも髪と柄は重ならなかった。
午前三時半、兵士は胸を貫かず、隣人も刺さず、門も塞がなかった。撮影監督は月夜の横顔を見て、「この人、重要人物?」と訊いた。
「門番です」
蕗は答え、変更した立ち位置を固定した。名もない兵士ほど、後から誰かが気軽に動かす。
撮影が始まる直前、別の村から画像が届いた。箒を持つ老人の左手が、腕を一周している。
蕗は右手の槍を保存し、曲がりすぎた次の手首を開いた。