ランチ会議の続き

「ランチも会議です」

飯島奈央は、倉田匠と二人で昼食へ行く理由を聞かれるたび、そう答えた。

社内恋愛の噂が広がりやすい部署だった。誰と誰が駅まで歩いた、コーヒーを二つ買った。それだけで翌朝には話ができあがる。だから二人は毎週火曜の十二時、予定表に〈市場動向ランチ会議〉と登録し、堂々と外へ出た。

実際、最初の十分は仕事を話す。残り四十分で、好きな映画や休日の料理や、いつか行きたい町を話した。

共同企画が終わった火曜、奈央の予定表から定例会議が消えていた。倉田が前日に削除したのだ。

理由がなくなれば、昼食も終わる。それが二人の決めた安全な距離だったはずなのに、十二時が近づくほど奈央は仕事に集中できなかった。十一時五十九分、いつもなら倉田から届く〈一階集合〉の通知もない。空腹より、予定表の空白がつらかった。

正午、倉田が彼女の机へ来た。手にパソコンも資料もない。

「会議、削除しましたよね」

「企画は完了したので」

「では、何の用ですか」

「昼休みです」

彼は二枚の映画チケットを机へ置いた。二人がランチ会議で何度も話した作品。上映は土曜の午後だった。

続いて奈央の個人スマートフォンに予定が届く。

〈土曜十四時 映画〉

参加者は〈匠〉〈奈央〉。会議室も議題も添付資料もない。

「これは、会議ではありませんね」

「はい。議事録も取りません」

「欠席したら?」

「普通に落ち込みます」

奈央は笑い、予定を承諾した。さらに件名へ「その後、夕食」と書き足す。倉田が目を丸くした隙に、彼女は社員証を首から外し、鞄へしまった。

「今日のランチは?」

「企画終了祝いとして――」

「仕事の名前をつけないでください」

奈央は彼の袖を引いた。人の多いフロアを抜け、エレベーターの扉が閉じたところで、袖から手へ持ち替える。倉田の指が、ためらいがちに絡んだ。

「奈央さん」

「はい、匠さん」

「会議の続きではないんですね」

「違います。私たちの続きです」

ランチも会議だと言い張ってきた。

その日、二人は初めて、何の議題もない昼休みを予定に入れた。