レベル一に四千の前世
三枝伊吹が冒険者登録の年齢板へ触れると、《十五歳・レベル1》と表示された。
転生して十五年。剣も魔法も習っていない。続く魔力測定もゼロで、試験官は幼い数字を指して笑った。
「能力なし。十五年を無駄にした者が、これから何年かけても同じだ」
伊吹は反論しなかった。
彼女には、生まれたときから夢のような記憶があった。両親は空想癖だと笑い、教師は一つの技に集中しろと言ったため、伊吹は誰にも話さず封じてきた。麦を育てた手。鉄を打った腕。疫病の村で薬を煮た夜。王冠の重さ。魔族として聖騎士に討たれた痛み。どれも自分で、どれも遠い。
視界に浮かぶ能力は一つ。
《累世統合》
魂が経験したすべての生涯を、現在の自分へ一度だけ合算する。
使えば、四千の人格に今の自分が飲まれるかもしれない。それでも伊吹は、過去を無駄と呼ばれたままにしたくなかった。
試験官は木の剣を投げた。
「一応、型を一つ見せろ。できなければ帰れ」
伊吹は剣を拾わず、年齢板へもう一度手を置いた。
《累世統合》を使う。
十五歳の表示の下へ、新しい数字が現れた。
《前世数・4096》
《総生存年・188732》
《習得職・表示領域不足》
年齢板が震え、項目を増やし始める。剣士、鍛冶師、航海士、治癒師、竜語学者、迷宮建築家、女王、魔王、そして初代冒険者。文字は壁を越え、天井を走り、建物の外壁まで埋め尽くした。
登録試験用のレベル針が一周する。十周、百周、千周。やがて軸が赤熱し、針だけが光の輪となって浮かぶ。
ギルドに飾られた歴代英雄の肖像が、一斉に額縁から顔を向けた。
そのうち最古の肖像――名を失った初代冒険者が、伊吹とまったく同じ目で微笑む。絵の中の彼女は立ち上がり、胸へ拳を当てた。残る肖像も次々それに続く。
伊吹は木剣を拾った。ただ握っただけで、武器庫にある全剣の刃音が揃う。
「型は、どの時代のものにしますか」
試験官は答えず、椅子から立っていた。
十五年しか生きていない新人を見る顔ではなかった。