一杯の水と王家の契約

日照りの町へ白狼が来た日、井戸には最後の水桶しか残っていなかった。

町兵は井戸を囲み、白狼へ槍を向けた。神獣であろうと、水を奪えば敵だと隊長は言う。

罪人として井戸掃除をさせられていたサヤは、白狼の舌が乾き、鼻先へ白い塩が浮いているのを見た。彼女の罪は、領主が隠した貯水庫の存在を町へ知らせたことだった。遠い塩湖を越えてきたのだろう。足取りもふらついている。

「水を欲しがってるだけです」

「罪人が口を挟むな。これは領主様の分だ」

桶の水は、領主館へ運ばれる予定だった。館の庭では噴水を止めず、広場では一人一杯さえ禁じられている。町の子どもたちにも配られない水だ。

サヤは柄杓を取った。

隊長が腕をつかむ前に、自分へ与えられた一杯分だけを木椀へ汲む。白狼の前へ置くと、一気に飲めないほど弱っているのが分かった。

「少しずつね」

彼女は掌を椀に浸し、指の間から水を落とした。白狼はその滴を舐める。ざらついた舌が傷だらけの手をなぞった。サヤが自分の唇を濡らさないことに気づいたのか、白狼は一度だけ椀を彼女のほうへ鼻で押し返した。

一口、また一口。

やがて白狼は椀から自分で飲めるようになった。サヤは濡らした布で鼻先の塩を拭き、ひび割れた肉球にも水を含ませる。

領主が馬車で現れ、怒鳴った。

「貴重な水を獣へ与えた罪で、鞭打ちを倍にしろ!」

白狼がゆっくり振り返る。

誰もが凍りついたが、白狼は吠えなかった。井戸の縁へ前足を置き、一度だけ爪を立てる。地の底で大きな音がし、枯れていた井戸から澄んだ水があふれ出した。

水は広場を薄く満たし、サヤの足枷を洗う。白狼の額から水滴形の印が浮かび、彼女の手へ宿った。神獣と契約した者を罪人にはできない。さらに湧いた水の底から、領主の紋入り貯水管が露出し、隠していた水の行き先まで白日の下に出た。隊長が慌てて鍵を差し出す。

サヤは足枷を外し、濡れた地面へ座った。

白狼は満足そうに鼻を鳴らし、彼女の膝へ顎を落とした。水を含んだ白毛は少し重く、井戸から汲んだ湯のような体温が、長く鎖につながれていた脚をゆっくり温めた。