一滴ずつの奇跡
「《分配師》は貧乏人向けの補助職だ」
王宮薬師長は、サナハの技能を一瞥した。
【技能:一つの薬が生む効果を、登録した仲間全員へ均等に分ける】
八人で飲めば効き目は八分の一。回復薬なら傷はほとんど塞がらず、解毒薬なら毒が少し薄まるだけ。高価な薬を節約できるという売り文句さえ、命の場では役に立たない。
その日、戴冠式の広場で《灰眠病》が広がった。
魔王軍が風上から撒いた呪毒で、吸った者は一時間後に石灰の像となる。王太子ヴァシルを含め、近衛兵と市民二百人が倒れた。
特効薬は一本だけ。
「殿下に使え!」
薬師長が叫ぶ。王太子は首を振った。
「民を置いて私だけ助かれというのか」
だが二百等分すれば、一人分は舌を濡らすにも足りない。薬師たちは絶望した。
サナハは薬瓶の説明を読み直した。
――服用者の体内から灰眠の呪式を除去する。量に比例した回復ではない。呪式が『ある』か『ない』か、それだけだ。
前世で論理回路を学んだ彼女には、均等に割れないものがあると分かった。真偽、合否、生死。半分だけ解除された呪い、という状態は存在しない。
「皆さんを、私の隊へ登録してください」
「二百人をか?」
「仲間の上限は、技能欄に書かれていません」
王太子が最初に血印を押した。近衛兵が続き、市民たちも震える指で名簿へ触れる。
サナハは特効薬を一口だけ飲み、《分配》を発動した。
瓶の中身は減っていない。分けるのは液体ではなく、効果だ。
広場に淡い輪が広がる。二百人の皮膚に浮いていた灰色の紋が、同時に消えた。
薬師長は王太子の脈を取り、次に隣の子供、その隣の老兵へ走った。全員、呪式が完全に消えている。
「均等なら、二百分の一のはずだ……」
「解除は、二百分の一にはできません」
ヴァシルは立ち上がり、サナハの前で王太子の外套を外した。
「薬を薄める無能、と聞いた」
「間違いではありません。薄められる効果なら」
王太子は笑い、自分の金の隊章を彼女へ留めた。
「では命令する。二度と一人分の奇跡を、一人だけに使うな」
その場で王宮薬師長の上位に、《王国分配官》の席が新設された。