三度目に割れた勝利貨

王都闘技場で百勝した魔族ドレグには、歓声を聞く自由さえなかった。

首輪につながる金の命令貨を興行主ジャヴァンが弾けば、目の前の相手が友でも子どもでも、剣を振る。勝てば貨幣は表、ためらえば裏返り、首を締めた。観客はその苦しみを勝利の雄叫びだと思い、締まるほど大きな歓声を送ってきた。

会計係パルミが八百一試合目の賭け金を確認していると、興行主が急死した。遺言書には闘技場と命令貨を彼女へ譲るとある。

観客は沸いた。

「新しい女主人だ!」

「貨幣へ口づけして、最初の命令を!」

対戦相手はまだ十二歳の見習い剣士だった。ジャヴァンは大穴の賭けを成立させるため、ドレグに少年を殺させる予定だったらしい。

パルミは金貨を受け取る。

表に勝利、裏に服従。縁には彼女の名を刻む空白。

彼女は口づけの代わりに金貨を石床へ立て、会計用の鉄槌を振り下ろした。

一度では割れない。二度目で縁が曲がり、三度目で表と裏が二つに裂けた。

首輪が開き、ドレグの足元へ落ちる。

「試合は中止。賭け金は全額返す」

「興行を潰す気か!」と貴族席が怒鳴る。

「人の死を帳簿の利益にした興行なら、今日で閉じる」

ドレグは剣を拾った。誰もがパルミを斬ると思った。

彼は少年の前まで歩く。少年は震えながらも逃げず、命令貨ではなくドレグの目を見た。ドレグは剣を砂へ突き立てる。そして開いた選手門から、ひとりで外へ出た。

夜、賭けで損をした用心棒たちが会計室を襲った。パルミは返金台帳を抱え、逃げ道を失う。

扉が吹き飛び、丸い大盾が用心棒をまとめて押し返した。

ドレグだった。

「命令貨はもうない」

「見れば分かる」

「ここを守っても、賞金は出せない」

「外へ出たら、誰も俺を知りませんでした。それは気楽だった」

彼は大剣を鞘ごと外し、パルミの机へ柄から置く。

「だが、俺が勝たなくても金を返した人間は、ここにひとりしかいない。次は戦う相手を自分で選ぶ。まずは、お前の新しい闘技場を守る」

パルミは大剣ではなく雇用契約書を差し出した。主人欄はなく、護衛欄と署名欄だけがある。

ドレグは落ちた首輪を踏まずに跨ぎ、自分の名を書いた。