三秒遅れの解散宣言
〈ディレイ・エラー〉の解散ライブは、すべて三秒遅れで配信されていた。
炎上対策のためだと会社は説明した。危険な発言があれば、監督が送出前に消せる。ボーカルの鬼束敬人たちは、最後の曲〈不可逆〉だけでも生で届けたいと頼んだが、認められなかった。
イントロで敬人が腕を上げる。会場の大型画面では、三秒前の彼がまだ俯いている。
「もう戻れない」
Aメロは四人の解散理由を並べた歌だった。病気、結婚、方向性、疲労。会社が用意した無難な言葉ばかり。実際には、プロデューサーによる暴力と報酬未払いを告発しようとして契約を切られた。証拠映像は送出監督が消す手はずになっている。
敬人は画面を見ながら歌った。自分の三秒前の口元が、今の歌詞と違う動きをしている。画面の彼は「倉庫」「録音」「鍵」と無音で形づくっていた。
誰が差し替えたのか。
「もう戻れない」
サビに入ると、三秒前の四人が演奏を止めた。現実の四人はまだ音を鳴らしている。大型画面の中で、過去の敬人が舞台袖を指さす。そこには送出監督が操作卓を離れ、プロデューサーから封筒を受け取る姿が映っていた。
三秒の遅延映像は、監督の編集画面を逆に記録していた。削除したはずの暴力映像も、切り替え前のバッファに残っている。キーボード担当が仕込んだプログラムが、サビのMIDI信号でその三秒を会場へ戻したのだ。
プロデューサーが主電源へ走る。現実の敬人は最後のロングトーンを伸ばす。画面の敬人は三秒早く歌い終え、削除前の倉庫映像を指す。殴られたメンバー、施錠された扉、倒れたカメラ。配信視聴者数が跳ね上がる。
最後の一音が鳴った瞬間、遅延はゼロになった。
現実と画面の敬人が重なり、証拠映像はすでに外部サーバーへ送信済みと表示される。監督が巻き戻しキーを連打しても、再生バーは動かない。
敬人は操作卓へ向けて言った。
「もう戻れない」
解散した四人が過去の関係へ戻れないという嘆きではない。三秒間に隠してきた真実を、誰にも削除前へ戻せないという確定だった。