世界滅亡を過去形にした女

王立暦院の古語係イヴェッタは、時制の違いばかり気にする変人だった。

大魔導師は「未来は未来、過去は過去だ。語尾で天体は動かん」と笑い、彼女を予言板の清掃へ回した。

【固有スキル《時制翻訳》:時制を持つ文を、時制体系の異なる言語へ、意味上もっとも近い時間表現で置き換える】

赤い月が昇った夜、地下の終末碑が起動した。

現代語へ訳された碑文は一行。

《赤月の頂点で、太陽は地へ落ちる》

空では本当に太陽ほどの火球が生まれ、王都へ降下を始めた。大魔導師たちは結界を重ねたが、予言そのものが現実を命じているため止められない。

イヴェッタは原文を読み直した。

終末碑を作った《灰の民》の言語には、未来形がない。出来事は「完了した」か「まだ完了していない」かだけで示す。現代語の未来形へ訳したことで、碑は落下をこれから実行すべき命令だと認識したのだ。

「語尾で天体が動いているではありませんか」

彼女は碑へ手を置き、翻訳先をさらに古い《創世完了語》へ指定した。その言語では、完了形で記された宇宙的事件は創世時に一度起きたものとされ、二度目を実行できない。

碑文が黒から白へ変わる。

《赤月の頂点で、太陽はすでに地へ落ち終えた》

降下中の火球が空で停止した。次の瞬間、それは王都の遥か東にある太古の円形湖へ変わる。創世の昔に落ちた痕跡として、過去へ配置されたのだ。

大魔導師は口を開けたまま、何も唱えられない。

赤い月だけが静かに頂点を越え、終末碑から命令の光が消えた。

終末碑の下から、大魔導師が発表した最初の翻訳稿が見つかった。原文にない未来形を足し、「予言を解いた英雄」として名を上げるため、彼自身が命令文へ変えていたのだ。火球を呼んだのは古代人ではなく、文法を軽んじた現代の権威だった。

大魔導師の勲章が碑の光に弾ける。イヴェッタは一字ずつ正しい完了形を書き直し、終末碑を災厄の装置から過去の記録へ戻した。

イヴェッタの職業札には、未来ではなく今、新しい名が刻まれた。

【職業《暦院古語係》が上位職《時制改訳士》へ書き換わりました】