主介護者欄

椎名麦の夫・弦一が亡くなった日、義兄の謙吾は玄関の鍵を取り上げた。

「弟がいないなら、君はもう椎名家の人間じゃない」

義妹の満紀は、弦一の時計も本も「家の物」として運び出した。四十九日が終わる前に、麦は住んでいた離れを出された。弦一の遺影を一枚欲しいと頼んでも、「他人が持つものではない」と断られた。

それから四年、椎名家から連絡はなかった。

義父の重房が寝たきりになった冬、謙吾と満紀が突然、麦の職場を訪ねてきた。

「お父さんがあなたを気に入っていた」

「再婚もしていないんでしょう。恩返しだと思って通って」

二人が差し出した病院の書類には、《主介護者 長男の嫁・椎名麦》とすでに印字されていた。緊急連絡、排泄介助、夜間見守り、退院後の同居まで、本人の承諾なしに丸が付いている。

麦は病院へ同行した。

相談室で謙吾は胸を張る。

「亡くなった弟の妻です。嫁なら父を看る義理がある」

満紀も言う。

「家族なんだから、今さら他人みたいにしないで」

麦は、四年前に謙吾が送った内容証明を机へ置いた。

《弦一死亡により姻族としての関係を終え、以後、椎名家の住居、財産、祭祀への関与を禁ずる》

鍵を返した受領書と、姻族関係終了届の控えも添えてある。

「あなたたちが望んだとおり、私は椎名家と法的にも生活上も関係がありません」

謙吾が紙を奪う。

「父が困ってるんだぞ。人としてどうなんだ」

「人として、受入れ同意のない相手を介護者に書くのはどうなんでしょう」

医療ソーシャルワーカーが書類を確認し、麦の名に二重線を引いた。代わりの主介護者を尋ねると、兄妹は互いを指さして黙る。

重房の退院は、受入先が決まるまで延期となった。追加の個室料金と介護サービス費は、子である二人に説明される。

ソーシャルワーカーは訂正印を押し、《主介護者》欄へ書き直した。

《長男・椎名謙吾》

訂正印が乾いた。