九本目の扇骨

雪峠の関楼で、尹河俊は閉じた軍扇を見ていた。

黒漆の骨は九本。外側の一本だけ、折れた箇所を新しい漆で継いである。乾ききらず、隣の骨へ薄く貼りついていた。

向かいの都承弼は長槍を構え、軍扇ではなく河俊の胸を見ている。承弼は河俊より若く、先の主を守って右耳を失った。音の合図へ不利な男が、それでも耳を澄ませている。河俊はその執念を知るからこそ、扇から目を離せなかった。

二人は戦乱で隊を失った槍客だった。夜明けの逆落としを導く者は一人。関将は、扇を完全に開いた瞬間を開始の合図と定めた。

「先に動けば、その場で弩を射る」

壁上の弩兵が二人を狙っている。腕前だけでなく、命令を待てるかを見る試しだった。夜明けの山道には、味方が仕掛けた落石の綱が三本ある。合図より早く進めば自軍に潰され、遅ければ敵騎兵に追いつかれる。関将が買うのは速い槍ではなく、半呼吸を耐える男だった。河俊は以前、その半呼吸を待てずに弟の隊を落石へ巻き込んだ。承弼は待ちすぎて主将を逃した。二人とも、自分の失敗と逆の男になろうとして、この関楼へ来ていた。雪は槍穂へ積もり、待つほど腕を重くした。関将はわざと合図を遅らせていた。

関将の親指が扇を押した。

八本の骨が、乾いた音を立てて開く。

九本目だけが漆に粘り、閉じたまま残った。

承弼は最初の音で踏み込んだ。槍穂が一直線に河俊の喉へ走る。

河俊は動かなかった。

穂先が皮一枚まで来たところで、九本目の骨が剥がれた。

ぱちん、と遅い音がした。

河俊は首を傾け、槍を外へ流した。承弼の勢いは止まらない。河俊の石突きが足首を払い、承弼は膝をついた。続けて槍穂が襟へ入り、喉元で止まる。

壁上の弩は放たれなかった。規則違反を相手の槍で裁けるかも、試しのうちだった。

「音は一度だった」

承弼が歯を食いしばる。

「扇は九本だ」

河俊は答えた。

「将が開くと言った。鳴らすとは言っていない」

関将は継いだ扇骨を折り取り、雪へ投げた。罠を見抜いた者だけが、狭い峠で偽の退却命令にも耐えられる。

河俊が槍を引くと、関楼の上で烽火を焚けという命令が下った。