乾杯は杯の足で
星河結人は、三つの杯を脚の部分で触れ合わせた。
ちん、と小さな音が鳴る。
元アイドルと銀行員は顔を見合わせ、派手に杯の縁を打ち鳴らした。澄んだ音の直後、二人の杯の軸で細い硝子が砕ける音がした。
《三人で乾杯したのち、自分の杯を飲め。生き残った者が勝者となる》
「そんなの乾杯じゃない」
銀行員が結人を睨む。
『乾杯動作を確認』
天井の声が答えた。
結人は自分の杯を飲み干す。薄い炭酸水だった。二人も負けまいと杯を傾ける。元アイドルは一口で崩れ、銀行員は三歩進んでから膝を折った。
『勝者、星河結人』
結人は空杯を光へかざした。細い脚の中に、針ほどの透明な筒が残っている。二人の杯では、それが砕け、中の毒が液体へ落ちていた。
「乾杯で毒が入る仕掛けか……」
銀行員が床から呟く。
「毒入りの杯は、最初から毒が液体に混ざっているとは限らない」
結人は入室時、係員が杯を一つずつ柔らかい布で包んで運ぶのを見ていた。液体をこぼさないためではない。細工された脚へ衝撃を与えないためだ。
さらに卓には乾杯の高さを示す印が、なぜか二種類あった。縁を合わせる高い線と、脚を合わせる低い線。低いほうは照明の影に隠されていたが、禁止はされていない。
そしてルールは「縁をぶつけろ」とは言わず、乾杯しろとだけ命じた。杯同士を触れ合わせ、合図の音を鳴らせば足りる。
「主催者は、盛大にやる人間ほど映えると思ってる」
結人は監視カメラを見る。「恐怖の中でも笑って、勢いよく杯を鳴らす映像が欲しかった。だから強くぶつけた者だけ死ぬ仕掛けにした」
拍手の効果音が流れた。
床へ倒れた二人の杯からは、同じ甘い煙が立っている。違う杯を選ばせるゲームではなく、同じ動作をどれほど強く行うかを試すゲームだった。派手さを勇気と取り違えた瞬間に、毒筒は割れる。
結人はもう一度、杯の脚を卓へ軽く当てる。
ちん。
「乾杯は、音量を競うものじゃない」
割れなかった毒筒だけが、杯の脚で細い光を返す。
静かな音を残し、彼は扉の向こうへ消えた。