二十一時のカチンコ

時計が二十時五十二分を示したとき、野口亜佐は撮影台本の残りを数えた。

十五歳の俳優が出演するドラマ撮影。許可された就業は二十一時までで、送迎車もその時刻に合わせて待っている。残っているのは泣き顔の寄りと、廊下を走る場面だった。

「十分くらい越えても撮る。今日しか病院のセットが使えない」

監督は言った。

制作部長も、「本人がやると言っている」と続けた。俳優は毛布を肩に巻き、眠気を隠すよう台詞を繰り返している。小声で「明日の学校、朝からなんです」と制作助手へ話すのが聞こえた。本人がやると言うのは、周囲の大人が帰れない空気を作ったあとかもしれない。亜佐は台本の余白へ、残り八分で撮れるものだけを書き出した。

後輩の制作助手が、終了予定を二十一時二十分へ書き換えようとした。

「書き換えないで。二十一時で終わる組み方に変える」

亜佐は絵コンテをめくった。寄りの前後には、母親役の反応と床へ落ちる診察券のカットがある。子どもの顔が必要なのは一つだけ。廊下を走る足元は、衣装を合わせた代役でも撮れる。

先に泣き顔の寄りを一回で撮り、台詞を短くして感情の間を残す。二十時五十八分、監督がもう一度を求めた。

「今の一回でつながります。次は成人キャストの反応へ移ります」

亜佐はカチンコを閉じ、俳優へ終了を告げた。送迎担当に引き渡し、保護者の確認欄へ実時刻を書いた。監督は「現場の熱を止めた」と怒ったが、編集用モニターでは、最初の一回に十分な涙が映っていた。

残りは母親役の横顔、落ちた診察券、代役の足元で組み直した。セット撤収には間に合った。

亜佐は後輩へ、未成年者の終了時刻を変更できない固定欄にした翌日の進行表を渡した。勤務報告には、予定超過ではなく、撮影順変更、と記録した。

帰り際、第一助監督から次の作品で補佐をしないかと聞かれた。今までなら、怒られないよう曖昧に笑っていた。

亜佐は「終了時刻を守る進行を任せてもらえるなら」と条件を伝え、引き受けた。