二組とも偽夫婦

未亡人の温海園璃は、隣人の老紳士・樫尾鐐平へ頼んだ。

「娘に再婚したと嘘をついたの。今日だけ夫のふりを」

「呼び方は」

「あなた」

「四十年ぶりに呼ばれる響きだ」

「本気にしないで」

夕方、娘の梛帆が“夫”を連れて帰省した。こちらも会社の同僚・勅使河森を一日だけ夫役に雇っていた。

食卓で、四人は互いの結婚生活を探り合う。

園璃が尋ねる。

「二人は何年目?」

梛帆が答える。

「二年」

勅使河森が同時に言う。

「三年」

「去年は一年目を二回やったの」と梛帆。

鐐平が感心する。

「うちはまだ三か月」

園璃が小声で言う。

「一週間の設定でしょう」

「愛は時間を早める」

梛帆は母へ尋ねる。

「寝室は一緒?」

園璃がむせる。

鐐平は平然と答える。

「私は隣の家で寝ている」

「別居婚?」

「壁一枚を尊重する夫婦です」

勅使河森がうなずく。

「現代的ですね」

梛帆が耳打ちする。

「あなたも何か夫らしいことを」

「給料日の振込先を聞こうか」

「生活感が契約社員なのよ」

会話はどんどん苦しくなった。

「結婚記念日は?」

「先週」

「来月」

園璃と鐐平の答えが割れる。

「二回祝うの」と園璃。

「うちは?」

と梛帆。

勅使河森は答える。

「会社の創立記念日」

「なぜ」

「出会った場所を大事に」

ついに園璃が箸を置いた。

「もう無理。鐐平さんは夫ではないの」

梛帆も同時に言う。

「私たちも結婚してない!」

四人は黙り、次いで笑い出した。

園璃が娘へ尋ねる。

「どうして嘘を」

「お母さんを安心させたくて」

「私も同じ」

勅使河森が鐐平へ言う。

「役作り、上手でした」

「私は途中から本気だった」

園璃が固まる。

その横で、勅使河森も梛帆へ向き直った。

「僕も、会社の創立記念日を本当の記念日にしてもいい」

母娘は同時に顔を赤らめた。

園璃はカメラのタイマーを押した。

「次に撮る時は、嘘なしで並びたいわね」

梛帆が答える。

「二人とも返事はまだしてないよ」

鐐平と勅使河森は同時に姿勢を正した。

「では、改めてお願いします」

母娘は同時に笑った。

その日の家族写真に写った二組の夫婦は、撮影時点ではまだ一組も本物ではなかった。