五分遅れの結末

野々宮真白が職場の読書会で借りた古い恋愛小説は、最終頁だけ結末が書き足されていた。

印刷された物語では、主人公が駅で恋人を選ぶ。欄外ではその五分後、主人公は電車を見送り、一人で夜食を食べに行く。〈誰も選ばない夜も、失敗ではない〉と締められていた。

真白は三年付き合った相手から結婚を断られたばかりだった。別れるのか、条件を変えて待つのか、友人たちは善意で二択を示した。読書会でも恋愛小説を選んだのは、物語なら誰かが正しい結末を教えてくれると思ったからだ。ところが印刷された告白より、余白の主人公が一人でプリンを買う場面のほうに、胸がほどけた。誰が自分の夜食まで知っているのか、それだけは確かめたかった。

書いた候補は、読書会を仕切る稲垣、隣席の鴻上、会場のカフェで働く柊木の三人。

手掛かりは三つ。「夜食はプリン」という台詞が、真白が失恋した晩にだけ話した言葉と同じ。書き込みのペンは読書会の出欠表に置かれたもの。そして余白の句点が、鴻上の字と同じく小さな三角形だった。

稲垣は結末の改変を「作者への冒涜」と本気で怒り、柊木は店の本へ字を書けば店長に叱られると青ざめた。鴻上だけは最終頁を見ずに、余白の最後の文を口にした。真白はその瞬間、仕掛けよりも、友人が自分の言葉を覚えていたことに胸をつかれた。

真白が本を差し出すと、鴻上は観念してプリンを二つ買ってきた。

半年前、離婚した鴻上に真白は「選び直しても、選ばなくてもいい」と言った。その言葉に救われたのに、今度は真白が、別れた恋人を待つか新しい人へ進むか、どちらかを決めなければと自分を追い込んでいた。

「同じことを返したかった。でも言ったら、あなたの人生に投票するみたいで嫌だった」

だから物語の主人公へ続きを渡した。

「勝手に名作を改変して」

「怒ってる?」

「少し。でも、この五分は好き」

読書会の窓から、終電へ急ぐ人たちが見えた。真白は携帯に残していた元恋人への下書きを消さず、そのまま画面を伏せた。今夜決めなくてもいい。

二人で固めのプリンをすくう。ほろ苦いカラメルを一口飲み込み、真白は最終頁へ小さく書いた。

〈そのあと、友達と食べた〉

鴻上が覗き込む。

「続き、悪くないね」