五年後にはいない
最終面接の開始一分前、折原智成のスマートフォンに通知が出た。
〈三十六歳の執行役員である君より。回答は全部こちらにある〉
第一志望の人材AI企業。採用されれば奨学金返済支援がつき、智成の借金は半分になる。会議室にはレモン水。面接官が決まって同じ質問から始めた。
「五年後のあなたは、どこにいますか」
通知どおり答える。
「御社で、人の可能性を数値に変えています」
面接官は笑い、十分後に採用通知を出した。智成が承諾を押すと、レモンの輪が水面を逆回転し、面接開始前へ戻った。
〈回答は全部こちらにある〉
「五年後のあなたは、どこにいますか」
二度目は熱意を強めた。三度目は失敗談を変えた。差分によって年俸と配属先は上がるが、承諾するたび時間が戻る。未来の自分は視線の置き方、笑う秒数、レモン水を飲む回数まで通知した。
十二回目、成功条件が届いた。
〈採用後、面接録画の学習利用へ同意せよ〉
智成は利用規約の隠れた項目を開いた。自分だけではない。過去五年分の応募者の声、表情、家庭事情が、本人の同意を曖昧にしたまま採用AIへ使われている。未来の智成はそのモデルを完成させ、「離職しそうな人」「組合へ入る人」「介護で休む人」を面接で落とす仕組みを売って執行役員になっていた。
未来の回答が完璧なのは、智成の能力ではない。落とされた数万人のデータから、最も採用されやすい人格を合成したものだった。
十三回目。面接官が尋ねる。
「五年後のあなたは、どこにいますか」
智成はレモン水を一口も飲まなかった。
「少なくとも、この会社にはいません」
通知履歴と規約の差分、応募者データの保管先を会議室の共有画面へ映す。未来情報の出所を説明できない以上、智成も不正アクセスを疑われる。内定は消え、業界内で採用される可能性もなくなる。
〈答えを変えるな〉
〈借金を返せなくなる〉
〈五年後のお前は私だ〉
智成は応募者データ利用への〈不同意〉を押し、選考辞退を確定した。
面接官の端末から採用ボタンが消える。時計は一分先へ進んだ。レモンの輪は、もう逆回転しない。
帰り際、智成は奨学金の返済予定表を開いた。完済まで十一年。未来の通知より長い数字だったが、それは自分で引き受けた時間だった。