五時半の焼き魚
山あいの旅館で、朝食の仕込みが半分終わった午前五時、フロントから電話が来た。大雪で次の列車が運休になるため、二十八人が三十分早く出発したいという。
仲居たちは客室を回り、厨房では二十八枚の膳が一斉に広げられた。全てを早く並べれば、温かいものほど先に冷える。しずくは「何を作るか」ではなく、「何を最後まで作らないか」を決めなければならなかった。
古谷野しずくは献立表を見た。先付けはすでに盛れる。味噌汁も温め直せる。問題は焼き魚だった。焼き台に入るのは一度に十二枚。急いで全て焼き、蓋をしておけば、皮が蒸れて身も締まる。
「二台目の魚焼き器を借りましょう」
仲居が言ったが、離れの器械は前夜から点検中だった。しずくは二十八人を出発時刻で三組に分けてもらい、食事処への案内も十分ずつずらすよう頼んだ。厨房では、冷たいまま出せる先付けと漬物を先に膳へ置き、汁物の椀は空のままにする。
炊き上がった飯は大きな器にまとめず、客が入る組ごとに分けて蒸らした。味噌汁も鍋を煮立たせたままにせず、注ぐ直前だけ温度を戻す。焼き台だけを急がせても、膳のほかが揃わなければ魚が待つ時間が増えるからだ。
焼き台には厚さの近い魚だけを組み合わせた。薄いものを奥へ入れれば先に焦げるため、手前へ置いて途中で抜く。焼き上がった魚には蓋をせず、温めた皿へ移して皮を上にした。客が席へ着いた合図で汁を注ぎ、魚を最後に差し込む。
仲居が戻した空の皿には、皮だけが残ったものはなかった。しずくは次の組を呼ぶ合図を一分早めた。
五時半、最初の十人が湯気の立つ膳に箸をついた。六時前には二十八人全員が玄関へ向かい、一本早い列車に間に合った。
料理長は空になった焼き台を見て言った。
「早く焼いたんじゃないんだな」
「早く食べる人から焼きました」
玄関の見送りが終わると、フロントからまた電話が来た。運休で旅館に残る十二人が、昼用の弁当を頼みたいという。
しずくは冷めても皮が保つ魚を、仕入れ表から探し始めた。