仏壇の隣の段ボール

仏壇の隣に、ガムテープの剥がれかけた段ボールがあった。

側面には母の字で「お父さん」とだけ書かれている。芹香が蓋を開けると、ネクタイ、腕時計、眼鏡、使いかけの整髪料が、順番もなく詰められていた。

「それはあなたが持っていって」

母は仏壇の花を新聞紙で包みながら言った。来週、母は小さなマンションへ移る。仏壇は持っていくが、段ボールは置く場所がないらしい。

「全部?」

「一人娘でしょう」

腕時計は止まっていた。三時十二分。芹香は裏蓋の細い傷を親指でなぞったが、懐かしさより先に、箱の重さを想像した。自分の部屋のどこへ置いても、開けないままの箱になる。

「持っていかない」

母の手から花が一本落ちた。

「お父さんの物よ」

「分かってる」

「捨てるっていうの?」

「私は決めない。お母さんが残したい物だから」

母は段ボールを見た。

「あなたは、何も欲しくないの」

欲しいと答えれば安心させられる。一本だけ選べば、父を愛していた証明になる。そういう問いに、芹香は何度も正しい形で答えてきた。

箱の底に、銀色の缶切りがあった。父が桃の缶詰を開けるときに使っていたものだ。実用品なら持てるかもしれないと思い、手に取る。

母の顔が明るくなった。

「それ、お父さんが大事にしてたのよ」

その一言で、缶切りは急に重くなった。

芹香は元の場所へ戻した。

「大事だったかどうかまで、私に教えないで。欲しいものは、自分で決めたい」

母は唇を結んだ。仏壇の鈴が、新聞紙に触れて小さく鳴った。

芹香は新しい段ボールを持ってきた。母と一緒に、一つずつ選び直す。時計は母の引き出しへ。眼鏡は処分。ネクタイは三本だけ残し、整髪料は中身を捨てた。缶切りは台所用品の箱へ入った。

最後に、古い箱の「お父さん」という文字へ線を引く。新しい箱には「母が持つ物」と書いた。

「ずいぶん冷たい書き方ね」

「持ち主が分かる書き方」

母は箱の角を押さえ、「じゃあ、運ぶのは手伝って」と言った。

「それは手伝う」

二人で持つと、箱は一人分ずつ軽くなった。芹香は自分の荷物にはしなかった。ただ、母が自分の箱として新居へ運ぶところまでは、手を離さなかった。