休むほど縮む道
狭間レオは百キロ回廊の途中で、石のベンチへ腰を下ろした。
《可変距離コース》
走者が十秒間静止するごとに、残距離が一キロ短縮されます。
タイマーは停止しません。
「休んだら負けだぞ!」
先行組は全速力で走り続ける。残距離九十七キロ。制限時間は一時間。常識なら止まる余裕はない。
レオの隣には、息を切らした老女NPCが座っている。彼女はコース沿いの茶屋を営むが、走者は誰も立ち寄らない。
十秒。
《残距離:96km》
地平線の道が折れ、ゴールが一キロ近づく。
レオは茶を一杯飲む。老女は、回廊が昔は村同士を結ぶ道だったと話した。速度競技が始まってから茶屋は障害物扱いされ、村も地図から外された。
一分休むと六キロ縮む。走るより速い。
レオは次の茶屋でも止まり、鍛冶屋の話を聞き、子供の絵を見る。止まるたび道が折り畳まれ、消えた村がコース脇へ戻ってくる。
先行組は疲労で倒れ、まだ四十キロ先。レオは三十分を使って三つの村で休み、残距離をゼロにした。
ゴールは最後の茶屋の裏口として現れる。
公式タイムは三十分。世界記録には届かない。だが走行距離は十二キロで最短だった。
《最速記録更新なし》
《最短経路記録を新設:十二キロ》
ゴール後、レオは三つの茶屋を地図へ登録した。今までのランキングには、通過した区間しか記録されず、立ち止まった場所は空白だった。
老女が淹れた茶の時間は一分十四秒。鍛冶屋の昔話は三分。子供の絵を見た時間は二分半。それぞれが距離を縮めた量として換算される。
先行組の一人が戻ってきて、初めてベンチへ座った。残距離が一キロ減る。彼は記録が遅くなるのを見ながら、ようやく笑った。
戻ってきた先行組は、茶屋ごとに自分の名前ではなく、そこで聞いた話を記録した。ランキング盤の空白だった区間へ、《誰かが暮らしている》という注記が増えていく。
道は休むたび短くなったが、世界は立ち寄るたび広くなった。
《可変距離の意味を表示――休息は競技の無駄ではなく、通り過ぎられた場所を世界へ戻す時間です》