会社案内に写った魔法使い
八木沢文乃は、来年度の会社案内を見て、自分の杖を見つけた。
見開きの背景写真。駅前広場を歩く人々の中に、紫のローブと三日月形の杖が小さく写っている。先月のコスプレパレードで魔法使いになった文乃だった。
顔は横向きでも、自作した杖の欠け方で分かる。撮影直前に落としてできた傷を、銀の塗料で月の模様へ変えた箇所だった。
広報部の文乃は、その会社案内を取引先や採用応募者へ配る側だった。職場では眼鏡に一つ結び、趣味を話したことはない。まさか会社の紙面で二つの自分が同席するとは思わなかった。
「背景の人、肖像利用は大丈夫ですか」
文乃は担当デザイナーに尋ねた。
声が不自然に硬くなった。
確認すると、写真は自治体提供で、イベント参加者の包括同意は取られていた。ただし会社案内への掲載まで本人が想像していたとは限らない。
デザイナーはすぐに差し替えを提案した。
「八木沢さん、その人を知ってるんですか」
文乃は杖の先を指でなぞった。
「私です」
言った途端、室内の空調音が大きく聞こえた。
デザイナーは写真と文乃を何度も見比べたあと、「杖、作ったんですか」と尋ねた。笑いはしなかった。
「全部、発泡材から」
「すごい。でも、掲載するかどうかは別ですね。本人としてどうします?」
デザイナーはマウスを持ったまま、文乃の返事を待った。消してもらえば、秘密は守られる。
その一方で、偶然写り込んだ趣味の自分を、会社にふさわしくない汚れのように消すことにも感じた。
文乃は少し考えた。
「この写真は差し替えてください。私は背景として同意したわけではないので」
そして、企画書の余白へ一行を書き足した。
《社員の仕事外の技術を紹介する小欄――衣装制作、造形、写真等》
「載せるなら、偶然じゃなく、自分で選びたいです」
企画は部内会議で採用された。
翌週、文乃は会社案内用に、杖を作る手元だけを撮影した。名前は本名で、肩書きは広報部。顔も衣装も載せなかった。
校了紙の中で、三日月の杖は背景ではなく、文乃が選んだ場所に立っていた。