低音の中の鍵

慈善演奏会の休憩中、寄付金庫の鍵が楽屋から消えた。指揮者の瀬和は鍵を譜面台へ置き、三人の担当者に収支の不足を問いただした。廊下で開演ベルが鳴り、全員が時計へ目をやった一瞬の後、鍵はなくなっていた。楽屋は警備のため内側から施錠されている。

容疑者はバスクラリネット奏者の安積、第一ヴァイオリンの小楠、事務局長の比留川。三人とも不足金の処理に関わっていた。衣装、楽器ケース、鞄を調べても鍵は出ない。安積は「木管の内部へ金属を入れれば演奏できない」と、自分の楽器をケースへ収めようとした。

再開時刻が迫り、比留川は楽屋を封鎖すれば公演が中止になると焦った。小楠は楽器ケースを全部開けるよう求めたが、安積は湿度が変わると調整が狂うと拒んだ。鍵は小さく、木管の外側には無数の金属部品があるため、目視だけでは紛れやすい。それでも音と重さは内部を隠せない。

手掛かりは三つだけだった。第一に、直前の音合わせで、安積の最低音だけに小さな金属の震えが混じっていた。第二に、同型楽器より彼のバスクラリネットは十八グラム重かった。第三に、ベルの鳴る直前、安積だけが譜面台の横へ楽器をベル側から立て、リードを直すふりをしていた。

小楠が楽器をゆっくり傾けると、曲管の奥で何かが滑った。鍵は広いベルから入り、底の曲がりで止まれば外から見えない。通常の持ち物検査では分解まで求められなかった。

私はベルを外し、曲管から鍵を取り出した。「低音の震えは内部の金属、十八グラムは鍵の重量、譜面台へベルを伏せた動作が取り込みの瞬間です。安積さんはベルの音に注意が向いた時、楽器を鍵の上へかぶせ、傾けて中へ落とした。鍵を隠した箱は、次の舞台へ本人が堂々と運べる楽器だったのです」安積さんは、検査を受けても楽器本体まで分解されないと読んでいました。しかし演奏直前だったため、鍵は自ら低音を濁らせた。視覚では消えても、重量と響きに加わった分までは消せなかったのです。