作者は舞台袖にいます
人気作家「灯台守ミカゲ」は、人前に出られない七十六歳の女性だった。出版社は授賞式だけ、若い舞台俳優の逆巻ユラを替え玉に立てた。
「壇上では笑って、原稿どおり読んでください」と編集者。
「質問は?」
「すべて『作品に委ねます』で」
ユラは黒いドレスで登壇した。司会者が早速尋ねる。
「新作で、主人公が三度も皿を割る意味は?」
舞台袖から編集者が小声で「作品に」と指示した。しかし客席の咳で、ユラには「食器に」と聞こえた。
「食器に問題があります。安い皿は割れます」
会場がどよめく。
「貧困と消費社会への批判ですね」
「そういうことにしてください」
次の質問。
「作中、海が一度も青いと書かれないのはなぜですか」
ユラは昼に食べた弁当を思い出した。
「青い食べ物は、食欲が落ちるからです」
「読者の身体感覚まで計算されている!」
舞台袖の本物が紙へ『違う』と書いて振った。ユラはそれを見て、力強く続けた。
「いまの説明は違います」
「では真意は?」
「真意は、作品に委ねます」
大きな拍手が起きた。予定どおりなのに、なぜか名言になった。
「先生は孤独をどう捉えますか」
「楽屋で一人になる時間は必要です」
「創作の孤独!」
「共演者がうるさいので」
「他者との緊張!」
ユラが正直に答えるほど、文学的評価は上がっていった。
最後に、小学生の読者が手を挙げた。
「先生、どうしておばあちゃんの声と同じなんですか?」
会場が静まった。舞台袖の本物は、その子へ毎晩読み聞かせをしている近所のおばあちゃんだった。逃げられないと悟り、杖をついて壇上へ出た。
「私が書きました。この人は代役です」
司会者が絶句する。ユラは頭を下げた。
「すみません。皿の意味も知りません」
「私も考えていません」と本物。
「え?」
「締切前に三枚割ったから書いただけです」
客席から、今日一番の笑いと拍手が起きた。
出版社は謝罪文を出したが、次回作から著者名には二人の名が並んだ。ユラの即興が、宣伝文句として妙に売れたためである。
作者は一人、作者役は続投した。