保管庫の代理人
保管庫の契約者は電話だけで話し、代理人はいつも無言で現れた。
郊外の貸倉庫に、盗難美術品が隠されているという情報が入った。契約者は国外在住を名乗り、管理会社へ毎週電話をかける。一方、黒い帽子の代理人が委任状を持って保管庫を出入りしていた。声の主と来訪者は別人だと、管理人も信じていた。
ただ、契約者の電話は必ず貨物用エレベーターが動く時にかかり、低い機械音で背景が隠れた。代理人は口を利かないのに、電話で指示された文章を一字一句同じ順番で筆談した。管理人は「有能な代理人だから」と笑った。
捜索令状を取る前に、美術品は別の倉庫へ移されてしまった。こちらの動きを知る人物がいる。契約者は電話で「代理人を疑え」と言い、代理人は紙に「契約者に騙された」と書いた。二人が責任を押しつけ合っているように見えた。
管理人は、契約者が電話で咳をすると、代理人が無意識に喉へ手を当てるのを見たことがあるという。また代理人が書類をめくるたび、受話器の向こうでも同じ紙音が半拍遅れて聞こえた。遠隔で同じ書類を見ている、と当時は感心したらしい。
倉庫の鍵は二本発行されていたが、摩耗しているのは一本だけだった。契約者用の鍵は新品のまま封筒に入り、代理人が持つ鍵だけが何度も使われている。二人分の権限はあっても、出入りした手は一つだった。
私は次の電話中、エレベーターの主電源を切った。機械音が止まると、受話器の向こうから管理室の呼出ベルが聞こえた。同じ瞬間、代理人のポケットでも小さな振動音がした。
帽子を取り上げると、耳に骨伝導式の送受信機が付いていた。端末には、低い声へ変換した文章を時刻指定で流す機能がある。電話は遠い契約者からではなく、代理人の胸元から管理室へ送られていた。
委任状の署名と契約書の署名は別人風だったが、紙を裏返すと、どちらにも同じ強さで「庫」の字が突き抜けていた。
「契約者を呼び戻せ」と私が言うと、代理人は初めて口を開いた。電話と同じ低い声だった。
保管庫に品物を預けた者と、それを運ぶ代理人は二人ではない。一人が、声だけを国外へ置いていたのだ。