保護者が削除しました
小野寺央は毎朝、登校する妹の結希と《スクールメモリ》を同期する。未成年者が学校生活を記録するサービスだが、保管と外部提供の権限は保護者だけが持つ。子どもの未熟な投稿から家庭を守るため。それが規則だった。
央は二十二歳で、家を出て働いている。十六歳の結希とは毎朝、通学路の記憶を共有した。会話が少なくても、妹が無事に校門を通ったことだけは分かる。母が再婚してから、結希は言葉より映像で助けを求めるようになっていた。
一週間前、同期された映像に義父が映った。
夜、結希の部屋へ入ってくる。鍵を内側から外す。画面は天井を向き、義父の声だけが残る。結希は「やめて」と三度言っていた。
央はすぐ警察へ行こうとした。記録があれば、妹に同じことを何度も説明させずに済むと思った。だが結希は震えて首を振った。
「お母さんに先に話す。信じてくれるかもしれない」
翌朝、母から連絡が来た。
〈家族のことに口を出さないで〉
同時に、スクールメモリの通知が表示された。
〈保護者が外部共有を停止しました〉
〈不適切な家庭内記録一件を削除します〉
央は保存ボタンを押した。権限がない。警察へ画面を見せても、認証されていない複製は加工可能な映像として扱われる。
結希へ電話をかける。出ない。
実家へ駆けつけると、母と義父が居間にいた。結希は制服姿で座り、目の下を腫らしていた。
「昨日のこと、警察で話そう」
結希の端末が白く点滅した。削除処理の直後だった。
「昨日、何かあった?」
母がすぐに答えた。
「央が変な映像を見たって騒いでるだけ」
義父は穏やかな顔で、「兄ちゃんは疲れてるんだ」と言った。
央は妹の手を取った。結希は怯えて引いた。その恐怖が義父に向いたものか、突然押しかけた兄に向いたものか、本人にももう分からない。
端末へ判定が出た。
〈記録の不存在を確認しました〉
〈虚偽の通報は家庭関係を損なう可能性があります〉
義父が結希の肩に手を置いた。
央の中にだけ残る妹の「やめて」は、制度上、記憶ではなく妄想になった。