借り物の幼年期

石になった少年の指先が、朝日に透けていた。

アデルバは庭園の中央で剣を構えた。呪術師は塔の窓から笑い、少年の身体を走る三本の紫の糸を操っている。

《記憶替え》は魔法だけを斬る剣だ。術を一本断つたび、使い手の記憶が一つ消え、代わりに術者の記憶が流れ込む。交換される記憶は選べない。剣は古いものから奪う。新しい戦術や使命ではなく、人を人にした最初の匂い、最初の手、最初に呼ばれた愛称からだ。

「一つ目だ」

アデルバは足首へ絡む糸を斬った。

母と焼いた硬いパンの記憶が消えた。代わりに、見知らぬ地下室で鞭を数える幼い男の目が入ってくる。呪術師の幼年期だ。

少年の脚から石が剥がれた。

二本目を斬る。

剣を教えてくれた師の顔が消え、代わりに、塔の主に初めて褒められた夜の甘い喜びが胸へ満ちた。アデルバは一瞬、窓の男を「先生」と呼びそうになった。

少年の胸が人の色へ戻る。

最後の糸は心臓に結ばれている。

呪術師が叫んだ。

「それを斬れば、お前の核が替わるぞ! 最も古い記憶は名より深い。誰として育ったか、分からなくなる!」

アデルバの最古の記憶は、雪の日に父の手を握った感触だった。父は彼女を愛称で呼び、転ばないよう歩幅を合わせてくれた。その一場面を失えば、自分が誰の娘だったか、何を守るため剣を取ったかまで揺らぐ。

石の少年の目から、涙だけが流れた。

アデルバは三本目を斬った。

紫の糸が砕け、少年は咳き込みながら倒れる。呪術師の塔も支えを失い、窓ごと崩れた。

アデルバは少年を抱き起こした。

その腕の中で、雪が降っていた。

ただし記憶の雪原にいるのは少女ではない。痩せた少年が地下室から逃げ、若い塔主の手を取っている。誰かが彼を「オルノ」と呼んだ。

「助けてくれてありがとう、アデルバさん」

石から戻った少年が言う。

彼女はその名に反応できなかった。

崩れた塔へ向かい、懐かしさで胸を締めつけられながら呟く。

「先生……オルノは、ここにいます」

救出された少年の前で、女剣士は敵の幼年期を生きる者へ入れ替わっていた。