停電アンコール
最後の曲のサビで、体育館が真っ暗になった。
音が一斉に消えた。
瑠衣のギターも、隼生のベースも、ボーカルのマイクも。残ったのは、電源につながっていないドラムの余韻だけだった。
文化祭の後夜祭。軽音部三年の引退ライブ。窓の外では雷が鳴り、非常灯が緑色に点いた。
客席がざわめく。
瑠衣は暗闇でアンプのスイッチを触った。反応はない。サビの途中、あと一分半で終わるはずだった。三年間で一番練習した曲が、最悪の場所で切れた。
「どうする」
隼生の声が横からする。
「復旧待つ」
「後夜祭の時間、あと五分」
「じゃあ五分待つ」
「終わるよ」
瑠衣は奥歯を噛んだ。
一年の初ライブでは弦を切った。二年では歌詞を飛ばした。最後くらい完璧にやりたかった。失敗を笑い話にするのは、成功したあとだけでいい。
そのとき、客席のどこかで手拍子が鳴った。
タン、タン、タン、タン。
止まった曲と同じ速さだった。
もう一人が重ね、列の端まで広がる。暗くて顔は見えない。ただ、体育館全体が同じ拍を刻み始めた。
ドラムの後輩が、スティックでカウントを入れた。
「瑠衣」
隼生が言う。
「アコギじゃないから鳴らない」
「弦は鳴る」
「聞こえない」
「前の列には聞こえる」
「後ろは?」
「歌ってもらう」
隼生が電気のないベースを叩いた。低い音は小さかったが、足元には届いた。
瑠衣もギターを抱え直す。
ピックで弦をかき鳴らす。アンプを通さない音は薄く、頼りない。それでも前列の誰かが続きを歌った。次の列が重なり、サビが客席から戻ってくる。
マイクのないボーカルは、ステージの端へ走った。声を張り上げる。
ドラムが拍を支える。
雷がもう一度鳴り、それさえ間奏になった。
瑠衣は失敗したコードを弾いた。隼生が笑う。暗いので、誰も見えないはずなのにわかった。
最後の一音を、全員で伸ばす。
電気が戻ったのは、その直後だった。
アンプから突然、大きなノイズが鳴る。体育館が悲鳴と笑いに包まれた。
「もう一回!」
客席から声が飛んだ。
後夜祭終了のチャイムも鳴った。
顧問が腕で大きく丸を作る。
アンコールは、さっき止まったサビから始めた。
今度は照明も音響も完璧だった。けれど瑠衣が卒業後まで覚えているのは、電気の戻った演奏ではない。
真っ暗な体育館で、自分たちの音が消えたあとも、曲だけが客席の手のひらを渡って進んでいた一分半だった。