傘の中の小さな星

閉館後のプラネタリウムで、九重桜子の星柄の傘が、透明傘に取り替わっていた。

紺色の内側に、蓄光塗料の小さな星が散っている。暗いところで開くと、手の届く空のように光る傘だ。

最後に傘立てへ近づいたのは、投映技師の坂木遼、学芸員の室生光莉、親子連れの少年・井沢佑。坂木は機械室へ戻り、光莉は忘れ物を確認した。佑は透明傘を持って母親と帰ったはずだった。

残された透明傘の持ち手には、星形シールが一枚。カバーには今日の子ども席の半券。傘立ての床には、病院の受付でもらう青い番号札が落ちていた。

桜子は、上映後に佑と話したことを思い出した。入院中の姉のために星を持ち帰りたい、と彼は言った。姉は今日の上映を楽しみにしていたが、熱が出て来られなかったらしい。佑は解説を忘れないよう、小さな手帳に星座の形を何度も描いていた。桜子は「目を閉じれば、今日の空は借りて帰れるよ」と答えた。

佑はその言葉を、子どもらしく真剣に、少し違う意味に受け取ったらしい。貸出用の透明傘に星形シールが貼られていたため、星柄の傘も館のものだと思い、自分の傘と取り替えたのだ。

光莉が母親へ連絡すると、電話の向こうで何度も謝られた。今は病院へ向かうバスの中で、戻れば面会時間に間に合わないという。

「明日返してもらいましょう」と坂木が言った。

「でも私の傘です」

桜子が答えると、坂木は少し迷ってから、佑の母から届いた写真を見せた。

病室のベッドの上で星柄の傘が開かれ、その下に姉弟の顔が並んでいる。昼間の光をためた星が、薄暗い天井に浮かんでいた。

〈お姉ちゃんに、今日の空を貸せました〉

佑のメッセージが添えられている。

桜子は透明傘を持ち上げた。安い傘で、持ち手にはいくつか小さな傷がある。でも今夜、自分が帰るには十分だった。

「返却期限を延ばします」

「いつまで?」と光莉が聞く。

桜子は写真の星を一つ、そっと指でなぞった。

「お姉さんが、本物の星を見に来られる日まで」