傷口から砂を追い出す水
砂漠遠征軍では、小さな切り傷が兵を殺していた。
砂嵐の中で受けた傷を治癒魔法で閉じると、二日後には腫れ上がる。軍医長ラシュドは「砂毒」と呼び、高価な解毒石を使った。それでも十人に三人が剣を握れなくなった。
前世で看護師だった陽一は、魔力がないという理由で水運びを命じられていた。
陽一が使った知識は一つ。傷を閉じる前に、十分な清潔な水で洗い流すこと。
矢で腕を裂いた若い兵が運ばれる。ラシュドが杖をかざす前に、陽一は煮沸して冷ました水を革袋へ入れ、細い口から傷へ勢いよく流した。赤い水とともに、砂粒、布の繊維、黒い木片が盆へ落ちる。三度目の水が透明になるまで、陽一は止めなかった。兵は痛みに歯を食いしばったが、盆に落ちた木片を見て自分から腕を差し出し直した。周囲の兵も、自分の傷を隠すのをやめた。水運びの列が、治療台の前まで伸びた。
「血まで洗い流す気か!」
軍医長が怒鳴った。
陽一は一言だけ返した。
「中に残したまま閉じません」
洗浄後に治癒魔法をかけると、傷は同じように閉じた。違いは翌朝に出た。従来処置の隣の兵は腕が赤く腫れ、熱を出した。陽一の兵は指を曲げ、朝食の椀を自分で持った。
その日から二十七人を同じ水で洗った。三日後の発熱は一人。前週、同程度の傷二十五人では九人だった。解毒石の使用は十二個から二個へ減り、水は樽一つ増えただけ。
ラシュドは、陽一が砂を集めた白い盆を見た。二十七人分の異物が、小山になっている。それらは昨日まで、兵の肉の中へ閉じ込められていたものだった。
ちょうど敵軍が夜襲を仕掛け、治療済みの若い兵が剣を抜いた。腕は上がる。隊列へ戻れる二十六人が、同時に盾を構えた。
将軍ナディールは解毒石の請求書と水樽の費用を並べた。銀貨四百枚と、銀貨三枚。
「勝敗を変えたのは魔石ではなく水か」
軍医長の返事を待たず、将軍は陽一へ白衣章を渡した。
「全野戦病院の処置を改める。衛生軍医長として、最初に傷を洗えと命じてくれ」
兵たちが差し出した水筒が、陽一の前で一本の列になった。