先生との相談

誉は、私のカウンセリングを応援してくれた。

初回の問診票だけは、私が迷う前に彼が半分埋めていた。症状欄には「判断力の低下」と太い字で丸がついていた。

仕事で自信をなくした私に、駅前の心理相談室を探し、予約まで取ってくれた。毎週、帰宅すると温かいお茶を出し、「先生は何て言ってた?」と穏やかに聞く。

答えたくない日は、無理に聞かない。ただ、相談が予定より早く終わった日も、なぜか時間を知っていた。

もう一つ不思議なのは、先生の言葉が誉とよく似ていることだった。

「今の職場はあなたの感受性を傷つけています」

「結婚後は家庭を中心にした方が安心です」

以前、誉が言った文と、一語も違わないことがあった。

私は二人が私を理解してくれているのだと思った。退職を迷うたび、誉は先生も同じ意見だと背中を押した。

相談室で実家へ帰りたいと話した翌日、誉は母からの電話を先に取り、「今は刺激しないでください」と断った。先生は次の面談で、母への依存を減らす良い機会だと言った。二人に同じ結論を示されると、反対する自分の方が病んでいるように思えた。私は母を着信拒否にし、その操作ができたことを誉と先生の両方に褒められた。

褒められるたび、自分で決められる人間になった気がした。実際には、決めるべき内容が二人の間で先に共有されていることを知らなかった。

婚約一週間前、誉のパソコンで式場の資料を探していると、共有文書が開いた。題名は〈更紗の認知修正〉。作成者は先生、共同編集者は誉だった。

そこには、私が相談室で話した内容と、次回使う言葉が並んでいた。

〈同僚への不信を強化〉

〈実家への帰省は不安要因として扱う〉

〈退職後の経済管理を誉さんへ移す〉

先生への追加料金の振込記録もあった。

問い詰めると、誉は怒らず、「君は迷うと苦しくなるから、正しい答えを二人で揃えただけ」と言った。

私は支えられていたのではなく、同じ声で囲まれていた。

次回の目標欄には、私がまだ迷っていた退職が、すでに過去形で書かれていた。