全額返金で三十秒を買う

《倉橋依子、炎上スパチャで荒稼ぎ》

《救助配信に広告まで付ける銭ゲバ》

《天井崩落まで二秒。金数えてる場合か》

 落盤迷宮の救護所で、八人が担架ごと動けなくなっていた。

 頭上の岩盤は赤い亀裂に覆われ、避難口までは走っても十秒。倉橋依子の配信には、罵倒と一緒に投げ銭が飛び続けている。彼女は投げ銭を切ると技能が使えないため、炎上後も受信設定だけは残していた。それが『批判すら収益化する女』という新しい燃料になった。

 依子は救助者の位置を画面で確認し、収益管理を開いた。返金ボタンの下には、処理後は取り消せないという警告。依子は金額ではなく、担架の数をもう一度数える。

《今月の投げ銭、三百十万円》

《炎上で稼いだ金を眺めて終わりか》

《崩れる!》

 依子は【本配信の収益を全額返金】を一度だけ押した。

 落ちかけた岩が、空中で止まる。

 砂粒も、警告灯の明滅も、残り二秒の数字も静止した。動けるのは依子と、救難タグを付けられた八人だけ。

 彼女の技能《返金猶予》。その配信で受け取った金額を一円残らず返すことで、一万円につき一秒、事故の進行を止める。炎上で集まった三百十万円は、三百十秒ではない。規定上、一度に使える上限三十秒だけを残し、全額が視聴者へ戻った。

《返金通知、本当に来た》

《三十秒の静止領域》

《救難タグ九個。依子自身も対象に入ってる》

《いや、自分のタグを外して担架に付け替えた》

 依子は八台の担架を順に押し、救助班とともに避難口へ滑り込ませる。

 最後の一台が境界を越えたところで、依子は停止した砂粒の隙間に忘れられた救急箱を見つけ、それも担架へ載せる。三十秒が尽きた。

 岩盤が轟音とともに落ちる。依子だけは静止領域の外へ出るのが一拍遅れたが、担架から伸びた八本の手が彼女の腕をつかみ、安全側へ引き込んだ。

《八人全員生存》

《依子も擦り傷だけ》

《広告は運営の緊急配信自動設定。本人収益ゼロ》

《返金総額と停止時間、第三者監査一致》

 画面下の収益欄がゼロになり、その上へ金色の表示が重なった。

【日本ダンジョン庁公式認定――倉橋依子《災害停止救助・特級功労》】