公正な姉

榊原万理は、判事になるとき感情調整器を入れた。怒り、同情、嫌悪を一定以下に抑え、量刑AIの提案を冷静に検討するためだった。

万理の判決は正確で、控訴で覆ることが少なかった。被告が泣いても、遺族が叫んでも、声は同じだった。ある雑誌は彼女を「人情に曇らない判事」と称えた。万理はその記事を額に入れ、感情を克服した証明だと思っていた。

弟が法廷へ立つまでは。

弟は、重病の娘へ未承認薬を使うため、病院の保管庫へ侵入した。薬は効かなかった。娘は亡くなり、警備員は転倒して重傷を負った。

利益相反を問われたが、審査AIは「感情反応が基準以下」として、万理の担当を認めた。

弟は証言台で言った。

「姉さんなら分かると思った」

万理の調整器は、胸に生まれかけたものを即座に鎮めた。彼女は前例どおりの実刑を言い渡した。法廷は静かだった。

判決後、姪の遺品が届いた。画用紙に、万理と弟と小さな自分が描かれていた。三人とも手をつないでいる。

調整器は悲嘆反応を検出し、抑制した。

その瞬間、万理は初めて装置を憎んだ。公平であるために、弟を特別扱いしなかったのではない。弟が弟であることまで消して、判断の責任から逃げたのだ。

彼女は辞表を出し、調整器を停止した。押し寄せた怒りと悲しみで三日間起き上がれなかった。弟を責め、病院を責め、自分を責めた。どの感情も矛盾していた。

面会室で、弟は「判決を変えてほしいとは思ってない」と言った。

「分かってる」と万理は答えた。「でも、あなたを裁いたことを平気ではいたくない」

二人は長く黙った。許しも慰めもなかった。

万理はその後、被告人支援の弁護士になった。初めて担当した少年事件では、怒りのあまり検察官へ声を荒らげ、帰宅して反省した。感情に流され、時に判断を誤った。それでも判決文を書く前には、自分が何に怒り、誰を哀れんでいるかを言葉にした。

公正さとは感情がないことではない。感情のある自分が決めたと、逃げずに引き受けることだった。