六月まで使えない旅券
瀬田川晴乃が海外出張手配室で引き継いだ最後の旅程は、翌朝出発する役員のものだった。
産休に入る北原麻由は、航空券もホテルも査証も確認済みだと言った。旅券の有効期限は六月末。帰国は一月だから、画面には緑色で〈有効〉と出ている。
晴乃は乗り継ぎ地の入国条件を開いた。旅券は入国時に六か月以上の残存期間が必要。到着日は一月二日で、六月末まで一日足りない。
「空港で乗り継ぐだけだから大丈夫」と上司は言った。だが予約した便は、荷物を受け取るため一度入国する別切り航空券だった。麻由の手順書には〈最終目的地だけ確認〉とある。
晴乃は発券済みの旅程を止めた。役員は電話で「重要な商談だ」と声を荒らげたが、晴乃は入国拒否になった場合の帰国便まで説明した。荷物を通しで預けられる同一航空会社の便へ変更し、乗り継ぎを入国不要の空港に替える。費用は上がったが、出発時刻は二時間遅いだけで済んだ。
若手担当が「最初に有効と出たのに」と落ち込むと、晴乃は画面を指した。
「緑は旅券の日付だけ。旅程が変われば、使える緑か見直す」
晴乃は乗り継ぎ時間だけでなく、荷物の扱いと入国審査の有無を一本の表にした。変更便では航空会社が荷物を最終地まで運び、役員は制限区域から出ずに済む。空港ラウンジの予約を取り直し、現地の運転手へ到着時刻を送るまで、若手担当と声に出して確認し、変更理由と確認した入国条件も旅程表の先頭へ記した。
役員から届いた返信は〈了解〉の二文字だった。
麻由は色分けされた手帳を晴乃へ差し出した。国ごとの例外が小さな字で書かれている。
「システムに入らないところは、これで覚えてた」
上司は晴乃へ、麻由の役員案件をすべて持つよう命じた。休日も個人携帯へ連絡が来る顧客だ。
晴乃は手帳を返し、旅程ごとに渡航条件を自動再確認する項目と、休日の代替担当を引き継ぎ表へ加えた。
〈この体制ならグローバルモビリティ担当を受けます〉と書き、修正版を送信した。