写真の余白に立つ
記念撮影まで十分。児玉直己は、中庭の集合位置に一人分だけ空いた場所を見つけた。
花嫁の鳥居詩織から届いた招待状には、〈私の隣を空けてあります〉と書かれていた。別れて三年。そんな言葉を送る意味が分からず、それでも直己は来た。この数週間、彼は〈隣〉を恋人の位置だと決めつけ、祝う言葉と連れ去る言葉の両方を何度も考えた。鏡の前では、どちらを言う顔も似合わなかった。どちらも口にしないまま、借りたジャケットだけを着てきた。
彼が着ている紺のジャケットは、詩織の兄・航平から借りたものだ。直己の親友だった航平は、二人が別れた翌年に事故で亡くなった。返す相手を失い、直己は今日まで袖を通せなかった。
詩織がドレス姿で中庭へ来る。
「そこに立って」
示されたのは、新郎と詩織の間ではなく、詩織の母親の隣だった。
「俺を呼んだのは、元恋人だからじゃないのか」
「兄の代わりに立ってほしかった」
直己は招待状を取り出した。
「私の隣って書いた」
「家族写真では、ずっと兄が私の隣だったから」
勝手に恋愛の余白だと思い込んだ自分が恥ずかしくなる。だが詩織は続けた。
「本当は、兄があなたに送った最後のメッセージも渡したかった」
彼女の端末には、事故の前夜に作成された未送信文があった。古い電話を修理し、昨日ようやく取り出せたという。
〈詩織と別れても、結婚式では隣に立ってやって。あいつ、家族写真で一人分空くのを嫌がるから〉
航平は二人が別れたことを知っていた。それでも、直己を家族から外してはいなかった。
「兄貴の代わりなんて無理だ」
「代わりじゃない。兄が頼んだ人として」
撮影係が残り時間を告げる。新郎は黙って位置を一つ詰め、直己の場所を作った。
直己は詩織の隣へ立った。肩は触れない。恋人だった頃より遠いのに、家族写真の中では逃げ場がないほど近かった。
シャッターが切られたあと、彼はジャケットを脱いだ。詩織の母へ丁寧に畳んで返し、次の写真が始まる前にフレームの外へ歩いた。