冷めるまでの部活動

【材料・一人分】

卵一個、牛乳百ミリリットル、砂糖大さじ二。焦がしたカラメルは、苦くても捨てない。

浦部叶恵は、引っ越し箱から高校の調理部で使ったレシピカードを見つけた。新居にはまだカーテンがなく、向かいの建物の灯りが裸の床へ長く伸びていた。段ボールには、二人で選んだ皿と、一人で持ってきた鍋が混ざっている。角に茶色い染みがあり、最後の行だけ太い字で「冷めるまで待つ」と書かれている。

卒業前の最後の部活動で、叶恵たちはプリンを作った。一人一個、自分で食べるためのプリンだった。いつもは文化祭や先生のために大量に作り、形のよいものから他人へ渡していたからだ。

叶恵のプリンだけ、型から出なかった。

まだ温かいのに皿へ伏せ、何度も底を叩いた。隣では皆のプリンが揺れ、歓声が上がっている。焦って力を入れると、中身が崩れ、カラメルと卵の塊が皿へ広がった。

「最後なのに」

叶恵は笑おうとした。部長は崩れたプリンをスプーンですくい、元の型へ戻した。

「冷蔵庫、閉めるまでまだ時間あるよ」

作り直す材料はなかった。叶恵は形のないプリンを冷蔵庫へ入れ、調理台を磨いた。皆が帰ったあと、蛍光灯の下で一人、冷えるのを待った。

三十分後、型のまま食べた。冷蔵庫の低い振動を聞きながら、叶恵は金属のスプーンで端からすくった。表面はきれいでなく、カラメルは少し焦げすぎていた。それでも冷たく固まった部分は、舌の上でなめらかにほどけた。

レシピカードへ「冷めるまで待つ」と書いたのは、その夜の叶恵だった。

現在、彼女は同棲を解消し、一人用の台所へ移ったばかりだ。二人分に慣れた手は、卵を二個出しかけて止まる。食卓には椅子が一脚しかない。

カードどおりに材料を混ぜ、一つの型へ流す。焼き上がっても、すぐには返さない。窓を開け、床の箱を一つ片づけ、湯気が消えるのを待つ。

夜更け、皿の上でプリンは小さく揺れた。今度は崩れなかった。けれど叶恵は、成功したから笑ったのではない。

一人分を待てた自分のために、冷たいスプーンを入れた。